004 夢を見る夢をみた
そして夏の終わり
 
本文中SAMPLE


(前略)


「お前さァ……」
 近藤は一旦言葉を切り、じっと土方の黒い瞳を見つめる。小さく賢いその頭が何を考えているのか窺ってはみるが、近藤は結局、判んねェと肩の力を抜き、再び大きな吐息を零した。
 お前は、俺が、好きなんだろ。
 俺が、お前に惚れてんのも、知ってんだろ?
 判っててなんでそんな平気なの。俺が誰かのモンになっちまっても、お前いいの?
「俺が、見合いしても平気なの?」
 口を一文字に引き絞り、腿の上でぎゅっと拳を握りながら近藤は土方に詰め寄るように上体を捻り、顔を下から覗き込む。
「何がだよ?」
 先刻と同じ反応を示す土方に、近藤は「何がじゃねェ」と吐き捨てた。軽すぎる反応に、勝手な事だが腹が立つ。
「なんでよ。……アンタ結婚したくねェの?」
 短くなった煙草を灰皿で押し潰し、土方が訝し気に眉を寄せた。
「結婚」
 鸚鵡返しに言葉を口にすると、近藤は逆に尋ねる。
「して、いいんだ?」
 自分でもしまったなと思う程、嫌味な声が出た。頬がわずかに引き攣る。瞼が震えた。
「当たり前だろ」
 自分の声色に気付いていないのか、一向構う様子のない土方に、言いようのない苛立ちを覚える。
 お前、俺をなんだと思ってんの。
 お前がそういう奴だって判ってたけど、俺はそういうお前を変えたいんだよ。あんだけ「好きだ」と「お前が大事」だとこっ恥ずかしい台詞を毎日みたく言ってりゃ、そろそろちったァ変わったかと思っていたのに。
 お前は、俺の事信用してくんねェの?
「……お前がいるのに?」
 近藤の言葉に、土方の頬に薄く朱が走った。
「バカ。何言ってんだ。恥ずかしい人だな」
 土方は早口で吐き捨てると、沈黙に怯え、言い訳するように言葉を続ける。
「そんなの気にしてんのかよ。下らねェ。俺がアンタと結婚できる訳でなし。いずれ結婚なら筋の判った見合いもいいんじゃねェの?」
 そう言ってから土方は、何事か思い付いた風情で言い淀み、新しい煙草に火を点けた。
「あの、さ。俺がいるの、負担になってる?」
「あァ?」
 不安気に瞳を揺らしながらも土方は、常と変わらぬ素振りで煙を細く長く吹き出す。
「俺に遠慮して結婚しねェとか、いらねーからな?」
「遠慮じゃねェだろ」
 土方の言葉を即座に否定し、近藤は胸へと不意に湧き上がった怒りを分散させるよう、意識してゆっくりと息を吐いた。
 違うだろそうじゃねェだろ。俺が、お前に惚れてんだ。こんな気持ちで他の人間と結婚だなんだってありえねェって話だろうが。
 俺はお前を独占してェよ? お前は?
「俺が、誰かのモンになっても、いいんだ?」
 仮定の話で俺ァ何をムキになってんだ。
 近藤の思考にちらりと理性がよぎりはしたが、口をつくのはそんな台詞だった。
「お前はもうちょっと、妬くかと思ったよ」
 わざとそう口にする。肯定してくれ、と思う。アンタにゃ俺がいるだろうと袖を引きゃあ可愛気もあるものを。





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