010 Solar Ray 夏の色は 冒頭SAMPLE 夢を見ていた。 川沿いの柳の隣に置いた立ち食い天ぷら屋台で、店の親父があなごなんざ揚げてるのを、甘くも辛くもない、口当たりがいいだけの冷や酒をちょいと引っ掛けながら、いい心持ちで眺めている夢だった。どっか頭の隅で夢だなァと判っていながらぼんやりしていて、この感覚が微醺を帯びた今の状況にお誂えだなと妙に冷静に思いながらカウンターに肘を付こうとした俺は見事にそのままつんのめり、危ねェ転ぶ! ……と思ったところで目が覚めた。 気付くと俺は敷布団からがくんと転がっていて、うおう寝惚けたか、なんて訳が判らないまま思っていたら腰の辺りを後ろからぎゅう、とゆっくり押される感覚があった。 押されるってかこの感覚は足だなってーとアレ、俺、蹴られてる? アレ? そこでようやく俺は目を開けて、部屋をちらりと見、窓から差し込む光に時計へ目を走らせる。 いつも起きる時間よりは一時間近く早くて、俺は大あくびをしながら寝返りを打った。 天井に向けた扇風機の首がぬるい風をかき回している。薄らと浮かんだ額の寝汗を手の甲で拭い、寝惚けて俺を足蹴にしたのかと隣に寝ていた筈のトシを窺えば、トシは夏用の柔らかなタオルケットを体に巻き付け座っている。その目付きが不自然に警戒を浮かべていて、俺は、なんだお前も転ぶ夢でも見てたのか? なんて考えながらトシを抱き締めてもう一回、寝るんじゃなくて、一緒にぐにゃぐにゃしてるだけでもいいから、ごめんちょっとやっぱ寝させろよぅ、と体を一旦起こしトシに腕を伸ばした。 また蹴るつもりか振り上げられた足の動きはゆっくりで、俺は難なくそれを捕まえ膝を進めると、ゆっくりタックルするみてェにしてトシを布団に引き倒した。 変に力が入って固まった体は簡単に転がって、昨夜の名残で辛うじて下着だけの殆ど裸の格好で、俺は半ば夢うつつなままタオルケットごとトシを抱き締める。目を閉じたままで顔の辺りへ、わざと擦れるように頬やら顎やらの髭を押し付けた。 いつもなら笑ったり怒ったり、呆れたり抱き返してくれるだとかするトシが、ますます身を縮ませてタオルん中に潜り込もうとするのがいじらしくて、今更何照れてやがんだ可愛い奴めとばかり、俺は再び目を開け、目の前のトシの前髪を鼻先で掻き分け、デコにちゅっと音を立てたキスをしてやった。 「ひっ……!」 体を震わせ喉の奥で小さく鳴いたその様に、昨夜はいっぺんだけだったモンなァ、なんて朝の劣情を煽られる。 知らず抱き寄せる腕に力が入り、俺はふざけるみたいにしながら軽く腰をトシに擦り寄せた。 と、額に強い衝撃を食らう。 「ったー! っだよお前……」 完全に油断してた俺は頭突きを浴びた額を両手で押さえるとトシから離れるよう布団の上をゴロゴロ転がった。 「でっ、出てけっ!」 これまた額を押さえながら涙目で、トシがか細く蚊の鳴くような声を出す。 「あァ?」 イテテ畜生、今ので完全に目が覚めちまったよ、と俺は仕方なく体を起こし、座ったままで伸びをした。 大あくびに溢れた涙を親指の腹で拭いながらそちらを見れば、トシは布団に包まったままいつの間に取ってきたのか鞘ごと刀を持ち込んで上目使いに俺を睨んでいる。 「トシ?」 どうしたんだと俺は目を丸くして布団に手を付き上体を寄せた。またしても蹴りつける気か上げられた足首を俺がひょいと掴むと、トシが真っ赤な顔でぐいぐいと両手で俺を押しのける。 「こっ、近藤氏ィ! 待つでござるよ!」 鞘に入っているとはいえ刀を握った手で押すもんだから、危なっかしくてしょうがねェ。ってかお前何やってんだ? 「出てけでござるよ」 赤い顔で目を潤ませるトシに、訳が判らず俺は眉を寄せる。 「出てけってもなァ。ココ、俺の部屋だし」 呟いて再び溢れてきた大あくびの途中、変な語尾に、思い付いて思い出した。 「……トシ?」 嫌な予感に俺がそっと声をかけると、トシは濡れた目で口を引き結んでいる。 「あー……。トッシー?」 恐るおそる呼びかけると、トシの目にはっきりした意思の光が見えた。 なんてこった。本当かよ。お前消えたんじゃ……なかったか、抑え込んだんだっけか……? うわ、面倒くせェ。 一瞬とはいえそう考えた事が顔に出ねェ内に頭を掻くと、俺は脱ぎ散らしたままの寝巻きに袖を通す。 「……厠行ってくら」 どうか戻ってきた時にゃ、ちゃんとトシでいますように、なんて祈りながら俺は席を立った。 途中隊士の一人二人に挨拶し、その度トッシーが最初に現れた時の事を、そうすっと直結で、あの惨事を思い出す。 朝から深く考え込みたくない俺は、必死に意識の表層に、昨夜の可愛いかったトシを思い浮かべた。 可愛い。大好き。大事。そんな腑抜けた、でも俺にとっちゃ一番頼りになる記憶で、破滅の世界と救えなかった男に封をする。 小用を済ませ部屋へ帰ると、そこはもぬけの殻だった。 |