016 ヘブン? 
いくらでも繰り返す 絶対の  冒頭SAMPLE


「トシ、合コン行かね?」
 近藤さんがそう言ってきたのは、朝礼を済ませた後、昨日までのカラ情報で走り回った片付けの書類を、部屋で二人して見直している時だった。
「行かねーなァ」
 にべなく答え、アンタ行くのかと、胡坐をかいていた足を崩して伸びをする近藤さんへ目を向ける。
「煙草屋の傍に、ケーキ屋ができたろ? あそこの娘さんがお前とお話したいんだと。前っから言われててさ」
 言って近藤さんは「今晩な」とあっさり続けた。
「ふざけんな」
 思わず鼻で笑っちまう。冗談じゃねェ。ここ暫く、すわ鬼兵隊のアジトを掴んだかと散々振り回されていた。ところがとんだガセネタだったと判明したのがつい昨日、気ィ張って、夜も碌に寝らんねェ日々は何だったんだと呆れながらも束の間休んで、「滅入っていても朝はきやがるかね」ってさっき笑ってたなァアンタだろうが。アンタにゃいい気晴らしだろうが、こちとら未だにクサクサしてんだ。何が悲しくて合コンだ。笑わせやがる。
「トシがくるならってお友達も一緒だと。どうよ。素人娘さんと夜のお茶会」
「アンタなァ」
 暢気な近藤さんの声にイラッとしながら、俺は煙草に火を点けた。何その言い種。どっから突っ込んだらいいのか判んねーよ。
 この人が女んトコ通うのは毎度の事だ。それでも支度も始末も面倒な、素人相手にとやかくってな珍しい。
「……商売女にしとけよ」
 釘刺すようにそれだけ言うと、俺はゆっくり煙草を吸った。
 今日みてェな晴れた昼間は、障子開けてると眩しいんだけど明るくて、時々目をやりゃ庭の新緑がキラッキラに光ってて、俺がいくら煙を吐いても、甘い柔らかな空気が自然に流れて気持ちがいい。考えても仕方ねェけど、これで昨日までの件が白星ならな。
「ヤダ、トシってば。俺ァ純粋に娘さん達とお茶してご飯でカラオケでって考えてるだけですぅ」
「そっか。しょーがねーな、俺の分まで楽しんできてくれ」
 興味ねェやと軽く言い、俺は机の領収書に目を戻す。山崎のヤローちょっと聞き込みに金かけすぎじゃねェのか。
「駄目。トシがいねーと女の子もこねーもん」
 ああ腹立つ。情報は嘘だし経費は嵩むしアンタはその辺の女にまで馬鹿にされて、それでもまだ女の機嫌取ろうとすんの。俺目当ての女と飯食って、そんでアンタどうすんの。アンタそんでいいの。何が嫌って、俺の目の前でアンタが、特に女に馬鹿にされてんの程見たくねェモンはねェ。
 苛々して俺は煙草を灰皿に押し付け、消し潰す。
「すまいる行ってりゃいいだろうが」
 あの女の凶暴さにゃァ辟易するが、俺が供する訳じゃなきゃ、そっちの方が随分マシだ。
 近藤さんが立ち上がる気配に俺がそちらを見上げると、この人は何食わぬ顔で悠然と障子を閉めた。何だろう、と思う間に傍へ座った近藤さんに腕を掴まれた。そのまま簡単に畳に引き倒され、苦情を言う間もなく半身を被せて口付けられる。
 悪ふざけも大概にしろと圧し掛かった背中を叩くが、近藤さんはびくともしねェ。それどころか、いとも容易く手首を掴まれ畳へと縫い止められる。その頃にゃ近藤さんは俺の脇に肘付きながら、全体重じゃねェけどしっかり体を重ねてきてて、啄んでた唇から、するっと舌が入ってきた。
 昨日まで、俺もこの人もそれどころじゃなくて、だからくそ、久し振りでちょっとドキッとしちまう。
 伸ばされた舌を味わうように甘噛みし、舌同士を絡めれば、近藤さんの鼻が鳴る。俺を畳へ繋いでいた手はこめかみに寄せられ、何度も髪を撫で梳かす。慣れたその手の気持ちよさすら暫く振りで、いつの間にか俺も軽く目を閉じて、この人の頭を抱え込むようにして口付けを繰り返していた。
 強引で、でもゆっくりと宥めるみてェだった近藤さんのキスは、どんどん熱を帯びてきて、俺はマズイなってどっかで思う。気持ちよくて止めらんなくなる前に、あァでも、なァ、もっと。もうちょっとだけ。
 俺は知らず、近藤さんの下敷きになった腰を、この人に擦り付けるよう揺らした。てめーで擦り付けといて、その衝撃に腰を焼かれて身動ぎする。ヤバイ。なァ、キスでいきそう。
 仕事中だとかまだ昼前で陽も高ェだとか、そういうの、判ってんのに止めらんねェ。近藤さんの手が、俺の上着どころかベストの前留めまで外して寛げて、あっコラ止めねェとって、思ってんのにどっかで水音がうるさくて考えがまとまらない。あァこりゃキスの音かって意識した途端にまたぽっと、首筋を炙られるみてェな快楽が駆け上る。
 近藤さんの悪い舌が俺の舌に絡んでいるから止めろなんて喋れなくって、だから仕方なく俺はコレに付き合ってんだ。そうやって無理矢理自分の、理性と仕事中の罪悪感をねじ伏せる。
 全部アンタのせいにできたらいいのに。もっときつく、逃げらんねェように押さえ付けて俺の下らねェ分別ごと丸飲みしてくれりゃいいのに。
 口にできない馬鹿な望みが伝われよって、俺は必死に近藤さんの頭に手を伸ばす。
 近藤さんは俺のシャツの上から、す、と乳首をなぞった。
「ふ、……っ」
 口付けに高揚しきっていた俺は思わず顎を上げる。だって、凄ェ。今、本気で電気走ったぞ。
 簡単に立ち上がった俺の胸を、近藤さんはシャツ越しに指先でゆっくりと、円を描くよう何度も撫でる。
「う、あ、ァ……」
 ヤバイ。こんな、こういう、仕事中とかそういうの、駄目だって判ってんのに。誰かくるかも。誰もくんな。勘弁して。離して、やめて。でも、やっぱり、やめちゃヤダ。
 なァアンタ、俺が、止めると思ってんだろ。ヤダとかヨセって俺が言うと思ってんだろ。バーカ。甘いんだよ。そうやって開き直れたらいいのに。畜生。悔しい。泣きそう。ずるいな。
 止めなきゃ、と、とろけかけた理性が叫ぶ。反面、でももう少しだけ、と強く思う。ひゅうひゅうと忙しない息が俺の喉から引っ切り無しに鳴る。もう少しってどこまでする気。そやってちゃんと判ってんのに。もう少し、なァ、もう少しだけ。
「トシ」
 ささやきながら、近藤さんの熱を持った手の平は、俺の腰骨の辺りをゆっくりと探るように這った。
「っ……」






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