018 イロボケ 
浮かれる  冒頭SAMPLE



 ピピ、と鳴り出した電子音に近藤は即座に目を覚まし、まずは時計のアラームを解除する。
 自分と同じ布団の中、びくともしない土方の寄り添った体にぶつからないよう遠慮しながらも、近藤は大あくびをひとつした。
 まだ夜は明けていない。常夜灯の微かな光の中、眠る土方の整った顔立ちを、近藤は晴れがましい気持ちで眺めた。
 土方は常に戦友であり仲間であった。二人して軽口を叩き、頑固者だ唐変木だと笑いながらも一番近い場所にいた。気質はそれぞれ違ったが、いつでも互いが互いの、筆頭の理解者だった。
 俺かお前が女ならと酔った振りをして口に出し、その何十倍、それでも互いに男でよかったと、でなけりゃ今こうして一緒にはいねェんだろうと同じように笑っていた。
 好きだと、自分が土方に、色恋沙汰の意味で惚れているんだと近藤が気付いたのは随分前になる。
 自分と土方のどちらが先に意識しはじめたのかは判らない。
 堪えがきかずに腕を引き、思いを告げたのはつい先日、近藤からだった。深く秘めていた土方への思いをもう限界だとあらわにした後、照れる土方を宥めすかししてようやく昨夜、遂に近藤は土方と体を繋げた。
 男同士でどうなるものかとの思いもあった。口付け、抱き締めた感触に欲情するのは証明済みだったがそこから先は体がどう反応するのかも判らずにいた。女相手とは訳が違うと不安がないではなかったが、とうとう土方を抱いた。
 不思議な感慨だった。
 最中の土方を思い出せば、愛しさに胸が詰まる。幾度も夢に見ては苦い気持ちを押し殺してきた、土方の肢体を現実に組み伏せた。気恥ずかしさもあるが嬉しくて仕方がない。
「トシ」
 普段の起床時刻よりも随分早いが、近藤は傍らの土方に声をかける。本当ならこのまま二人してずっと、布団にくるまったままで指を繋ぎ視線を絡ませ、唇を重ねたりしていたい。
 我ながら甘ったるい思考してやがると自省しつつもどこか浮かれながら、近藤が再びあくびを漏らした。
「ん……」
 まだ眠いと眉間に皺を刻む程に閉じられていた土方の瞳が徐々に緩む。
「あ!」
 状況に気付いた途端、体を起こそうと身をよじる土方の肩を掴むと、近藤が腕の中に閉じ込めた。
「トシ」
 拒むようにのけぞる仕種に、近藤は昨夜のままの裸の肌へのしかかる。
「トシ。……トシ」
 観念したのか力を抜いた土方に抱きつき、耳に唇を押し当て、近藤が何度も囁きを繰り返した。
「なに……」
「何じゃねェ。名前くらい好きに、呼ばせろ」
 ふざけて柔らかな声音を出しながら、近藤はそんな言葉の合間にも、土方の瞼から鼻筋、頬へと唇を触れさせていく。
「ん、近藤さん、なァ」
 目を再び固くつぶり、困惑した様子の土方の唇を、やっとお前も名を呼んでくれたとばかり近藤がついばんだ。その言葉が聞きたくて、顔中に唇を落としながらも、口には触れずにいた。
 唇へのキスに、土方の体が小さく跳ねる。
「んっ」
 そらす顔を追いかけ、そこここへ軽い口付けを繰り返しながら暗がりの中近藤が、鼻にかかった声を出した。
「もっと。名前、呼べよ」
 焦れったいと土方の頭を捕まえ、近藤はじっと目の前の白皙を覗き込む。
「バカ」
 捕らえられた腕の中、土方がふて腐れた顔で小さく吐き捨てた。その目は仄明かりに光り、照れたように揺らいでいる。
 胸を突く強さで愛しさが込み上げた。
 男の身でありながら快楽を求める為だけではなく、無理を承知で自分を受け入れてくれた。慣れない体で息も絶えだえ、あからさまな形に体を押し広げられ、それでも気持ちいいとわざとこちらを奮い立たせるよう囁いた、土方の目尻に浮かんだ涙を思い出す。







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