021 カイバレス 
ここからさ  本文中SAMPLE


(前略)

「記憶喪失ですね」
 とにかく一旦病院へ、と車を呼んで救急センターに着いた先でそう言われた。脳波やなんかは異常ないらしいが、どういう事だ。ふざけんな。現に近藤さんの記憶に異常があるじゃねェかよ。
「ま、局長さんの場合初めてでもないですし。普段通りに暮らしていたら、またひょっこり思い出すんじゃないですかね」
 そりゃ前にもこういう事はあったけど! 適当言ってんじゃねェぞヤブ!
 苛々したが、怒鳴っても仕方がねェと必死で言葉を堪える俺に、医者が続けた。
「どうします? 今晩入院って事で泊めてあげてもいいですけど。経過見守るしかないですし、帰ってもいいですよ」
 隣に座って話を聞いていた近藤さんの方を見ると、なにを考えているのかさっぱり判らねェ、きょとんとした顔で俺と医者とを見比べている。
「なら、帰ります。それでいいな近藤さん」
 屯所の自分の布団で一晩眠れば、悪い夢だったとなんねェかな。そんな風に希望を持って近藤さんを窺えば、相変わらず黙ったまんまでこっちを見ていた。
「近藤さん?」
「あ、俺? かな? 近藤?」
 ……そっか。そこからか。でも言葉とか忘れてないみてェでよかった。それだけでも十分だ。
 医者に礼を言って会計を済ませると、ロビーで待機していた総悟と山崎と合流する。入院道具がいるかと便利な山崎を呼びつけたが、総悟は近藤さん絡みだと察して勝手についてきたらしい。
「無事ですかィ?」
 常夜灯しかねェ薄明かりの中、ゆらりと立ち上がった総悟の鋭い目が、睨むように俺を見る。
「体は無事だ。ただ、やっぱり記憶はねェみてェ」
 年号なんかは言えるのに、自分に関する事だけ、つまり自分を取り巻く人間関係なんかも綺麗さっぱり判らねェらしい。
「またですか」
 はあ、と山崎が溜息をつく。テメコノヤロ。そんな風に言うんじゃねェ。
 車まで歩く間に一発殴ってやろうかとも思ったが、状況の判らねェ近藤さんを怯えさすのも悪いかと、振り上げた拳を引っ込める。
「近藤さん。俺が副長の沖田総悟でさァ。アンタ本当に俺の事も判んねェんですかィ?」
 オイコラ、そこ。笑えねェっての。
「副長の沖田さん。はじめまして。俺は、えーと」
 なんだっけ、とこちらを向く近藤さんには、頼られてるみてェで悪い気はしねェが、ホラみろバカ総悟。信じちゃってるだろーが。







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