靴 縁側で胡坐をかき、傍らに新聞紙を敷き道具を並べた近藤は、シャツの袖をまくり上げ靴を磨いていた。 春の、ともすれば暑くなる陽が差し込む中、随分と穏やかな顔で鼻歌混じりに靴を磨く。ためつ眇めつしながら細部まで磨き終えると満足したのか、広げた新聞紙に置いたもう片方と交換した。 そこには近藤の手でとうに輝きを取り戻した靴が一足鎮座している。 黒く重いその靴は、敏捷さが身上と沖田は嫌がり滅多と履かないが、隊長以上の役職に支給される、内部に鉄板の仕込まれた特殊な戦闘靴だった。 表面の泥をブラシで落とすと靴墨を付け、柔らかな布で擦れば先日の土埃に曇った革が光沢を取り戻す。 「あ」 通り掛かった土方がその姿に小さく声をあげ、さっと視線を近藤の脇に走らせた。 新聞の上へ揃えて置かれた一組の靴を見て、土方は軽く息を吐く。 「近藤さん」 柔らかな土方の声色に、近藤は悪戯を咎められた子供のように唇を尖らせた。 「もうお前の、磨いたもんね」 「……そうかよ。ありがとな」 「趣味だもん! 俺、革の匂い好きなんだもん! ついでに何か磨くのも好きー」 以前に局長が靴磨きなんざするんじゃねェ、ましてや部下の分なんざと口を酸っぱくして注意していた土方は、自分のセリフを先読みしては笑ってみせる近藤の隣りに座ると、磨きかけの靴と道具に腕を伸ばし「貸して」と表情を緩める。 「いーの。好きでやってんだから」 何も言わない土方に気をよくした近藤は、満足気にちらりと笑うと鼻歌の代わりに口笛を吹き始めた。 珍しく煙草も吸わずにその様子を眺めていた土方は、磨き立てられた近藤の靴の片方を手に取り、爪先部分に口付ける。 「アンタの靴になら、俺、磨いてなくてもキスできるぜ?」 囁き、口角を上げ横目で窺う土方に、驚いた近藤の口笛が止まった。 「お前はまたそーゆー事を……」 「なんで? 履いたまんまの靴でもいいぜ? 跪いて這いつくばって、舐めて綺麗にしてやろっか?」 誘うような上目使いに、近藤が眉を顰める。 「トシ。……そーゆーの。お前が言うとシャレんなんないから」 土方の手から、近藤が靴を取り上げた。 「シャレじゃねェよ。本気」 言って、しれっと澄まして鼻先で笑う土方に、近藤は大業に溜息を吐く。 「そんで? 俺に、靴舐めた奴のベロ舐めろって?」 土方の後頭部へ分厚く節くれだった手の平を回すと、近藤は言葉と裏腹に楽し気に目を細め、ぐ、と上体を寄せた。 |