好き 「じゃ、パトロール行ってきます!」 言って近藤はしゃちほこ張り、土方に敬礼してみせる。が、口調や真剣な顔付きとは裏腹に、すっかり外出用の私物の羽二重に着替えられている。近藤の飲み屋通いは今更だが、師走に入ってここ暫く、連日だった。 付き合いも多いこの時期に、わざわざ自分から呑みに行く気がしれねェや、と土方は呆れ声を出す。 「今日も行くの? ご苦労様だな」 せいぜい怪我のねェように。無理して千鳥足踏むよりゃさっさと車呼んでくれ。そんな事を思いながら土方が、煙草を摘んだ手をひらひらと振ってみせた。 「おう。テメーのシマァ、テメーでビシッと見張っとかねェと、縄張り荒しが出るかもしれねェからな! まったく年の瀬は忙しない事山の如しだ」 以前土方が何気なく差し出した赤いマフラーが、今も近藤の首元にしっかりと巻かれている。 近藤と恋愛的関係にある土方としては、近藤なりにこちらを気遣っているのかと思うが、金のなかった当時の安い赤は、ちぐはぐで悪戯に子供っぽい。 「前にやったカシミアどうしたよ」 「このマフラーしてった時のがモテ率アップなんだよ」 そんな訳あるかい、と土方は、口には出さず噴き出した。 アンタは優しい嘘ばっか吐くから。欲張りの性悪。愛したがりの愛されたがり。あっちの女は知らねェけど、俺の感情全部握っといて、まだ俺から好きだとかって気持ち、持ってくの。だってそんな、アンタが俺が昔あげた方のマフラーしてんのとかって、なんか、くすぐったい。好きって思う。 「近藤さん。……好き」 「は?」 ぽん、といつもと変わらぬ口調で言葉を投げた土方に、近藤がぎょっとした。 「そんだけ。あんま遅くなんなよ」 言うと気が済んだと、土方は新しい煙草を取り出す。二人きりなら好きな時に好きって言えて、これ以上はおこがましい。まァ普段、恥ずかしいからそんな言葉、滅多と言わねーけど。 そんな土方の様子に動揺した近藤は、ぺタリと畳に正座すると膝を進めた。ライターを口元に近付けようとする土方の手首を掴む。 「いやいやいや。そんだけじゃなくて、え、何?」 近藤は何が起きたかと土方を見、思わず周囲にも目を走らせるが、何も変わった事はない。照れ屋の土方が顔色すら変えていない。 アレ? 気のせい? いや言ったよね? 今トシ言ったよね? 「何が」 「だからなんて言ったよ今」 「早く帰れよって」 「ちっげーよ」 土方のきょとんとした顔に、近藤が焦れた声を出す。 「何が? ああ好きって言ったの? マズイか?」 ようやく気付いたとばかり不安気に眉をひそめた土方を見ると近藤は立ち上がり、襖を開けると隣の自室へ向かった。 「寒ィよ、締めて歩けよ」 開けたままの状態に軽く文句を言うと膝で歩いて襖に近付く土方に、近藤が明かりも点けない薄闇の中で「うるさいよ」と声をかける。 土方が見る間に近藤は、折角の羽二重を脱ぎ、肌襦袢ひとつで着ていた着物を畳み始めた。 「……何してんの」 手持ち無沙汰に煙草に火を点けた土方に、近藤が暗がりからきっと顔を向ける。 土方の部屋から漏れる明かりが頼りでも、近藤の耳が赤いのが判った。 どうしたんだと思うと同時に、自分が言った一言のせいかと、土方は今頃気付いておかしくなる。 いつもは近藤さんが俺を好きって沢山言って困らせて、これじゃ逆だな。 「呑みに行くんだろ?」 ひやかすように、土方がにやにやと軽口を叩く。 近藤は、「うるっさい」と再び呟き、肌襦袢の襟元をピンと引きながら土方の部屋へ戻った。 「お前、今日、寝かせませんから!」 照れた近藤の不自然な口調に、土方はおかしそうに鼻を鳴らす。 「近藤さん」 呼びかけに近藤が目を向けると、土方は楽し気に微笑んだ。 「好き」 駄目押し、と笑いながら小声で呟いた土方に、近藤は顔をくちゃっと歪めると、キスをしようと体を寄せる。 「パトロールは明日にします……」 囁きに土方も、素直になるってなァいい事あるなと近藤の背へ腕を回した。 |