空に城が見えずとも


 彼の姿を見て、今日が金曜だったと思い出した。
 見晴らしのいいこのラウンジは金曜には大体いつも満席で、けれど彼は毎週決まってカウンターにいた。
 いつも一人で呑んでる姿にナンパ目的かと高を括っていれば、近寄る女たちを鼻もかけずにいる。かといって待ち合わせでもないようで、それは不思議な男前だった。ゆっくりと酒を呑み、時折り窓の外へ目をやっては、地上の明かりではなく、暗い空の更に黒い雲をじっと眺めている。
「どうしたんですか」
 そう尋ねた俺に、彼は手の中のグラスを弄びながら俯いた。
「マスターはさ、」
 あの雲の中に、何があると思う?
 そう質問を返され、俺は意味も判らず、つられるままに窓の外へ目をやった。
 こちらの窓からターミナルは見えない。天人たちの船は時折り通るが雲の中にいるなんて雷様位しか思いつかない。ああでも、あの雲はデカイな。あの雲の中になら住めるかな。
「あるとすりゃ、ラピュタですかね?」
「え」
 呟いて緩く唇を開いたまま、彼はキョトンとした顔で俺を見る。冗談めかして言ってはみたが、さすがにバカみてェだったかと俺は照れて、誤魔化すみてェに笑った。
「マスター。なァ、……ラピュタでオリジナルカクテル、作ってくれないか?」
 そう言った彼の、頬が赤い。長い前髪から覗く潤んだ黒い目が熱っぽい。いつも妙に醒めた顔をして煙草を吹かしている彼が、びっくりする程キラキラした表情を浮かべていて、俺は思わず可愛いな、なんて思っちまった。
 本当は俺ァバイトだから、オリジナルなんてまだ作っちゃ駄目なんだけど。
 思いつくままリンゴジュースにブルーキュラソーで青色を付け、卵白を泡立てて雲を作る。おまけにライムの皮を螺旋状に剥いてグラスに飾って城に見立てる。
「ラピュタです」
 そんな即興カクテルに彼はいたく感動したようで、顔を輝かせて呟いた。
「……ラピュタは本当にあったんだ……」
 グラスから目を離さずに、彼がぽつりと言葉を漏らす。ラピュタ、そんなに好きなんだ。スゲー男前なのに。この世の女は俺のものっぽいのに。なんか、いいな。モテる男全員嫌いなんだけど、親近感湧いちまう。
「味はどうですか」
 いつまでもグラスを見つめている彼を促すように囁けば、彼は弾かれたように顔を上げ俺を見た。その目がうっとり色っぽくて、男相手にそんな風に思っちまった自分になんだかショックを受ける。
「……甘い」
 唇に付いたメレンゲを追う彼の舌に、知らず、俺の喉が鳴った。困る。いくら俺が惚れっぽくって相手が綺麗だからって。飲み干したグラスを暫く手の中で遊ばせていた彼は、はにかんだ様子で小さく頭を下げる。
「ありがとうマスター。……また、くる」
「いつでもお待ちしています」
 珍しく酔ったように少しふわふわした足取りの、彼の後姿を眺めながら俺は次の金曜日が楽しみになった。
 なんだか、俺の悪いクセが出そうな気がする。誰かを喜ばせてやりてェなって、構って構って構い倒してやりたくなる。
 とりあえず、彼の為に甘くないラピュタカクテルを考えてみよう。




まあ、こーゆーのは勢いで。
09.01.15

びっくり、
コレ読んでカクテル作るマスター絵を描かれたという事で、浅井さまに絵の掲載許可をいただきました!
うわあ。絵になったマスターの格好よさに皆様一緒に腰抜かしてください!
素敵マスター直通はこちら