約束 五月五日は端午の節句で、子供の日で、祝日だ。 例年行われる「大江戸こどもパレード」の来賓として、今年はそよ姫様が参列されるという事で、武装警察の真選組にも警備の声が掛かった。 配置場所や手順は、昨夜までにそれぞれ隊長クラス以上の頭に叩き込んである。朝礼では部下達の顔を見、確認事項のチェックをするだけでいいだろう。 クリーニングから戻ったばかりの、きちんとプレスされた制服を身に付け、鏡に向かい慣れた手付きでスカーフを結びながら、近藤が襖を開け放してある隣室の土方に声をかけた。 「そういや今日のさ、晩のとっつァんの飲み会。あれ、パスしといたから」 まだ朝は早かったが、既に日が昇り、どこからか鳥の声が聞こえてくる。 「そうなの?」 上着を着る前にとりあえず一服と、こちらも折角のズボンが皺にならないようにと室内で立ったまま灰皿を持ち、煙草を吸いながら土方は、テレビの天気予報を見るともなく眺めていた視線を近藤に移した。 「ん。アレん付き合うと長くなるしよ。今日はお前といちゃいちゃする日だから」 ひょいと振り向くよう何気なく言われ、土方は意味が判らないと眉を寄せる。 「……え?」 「今日はお前とえっちだろ」 「はァァ?」 自然な口調で言った唐突な近藤の言葉に、土方が目を見張った。そんな約束、していただろうか。記憶にない。 「え嫌?」 きょとんとした近藤の口調に、土方は軽く煙にむせる。それは勿論、約束なんてなくても自然とそういう雰囲気になれば土方に異存はない。だからといって、そう明け透けに口にされても困る。 「そういう問題?」 朝っぱらから何言ってんだと煙草を捻り潰すと時計を見、ついでのようにカレンダーに目をとめた。 「ああ。……え、アンタそれ、俺の誕生日だから?」 忘れていた訳でもなかったが、祝日の今日はなにがしかの祭典があり、真選組結成以来、毎年、警備等に忙しい。おまけに誕生日プレゼントの類は「お返し等キリがない」と、副長である自分が一切禁止と決めて久しかった。 「うん。ケーキ買って歌ァ歌ってローソク消して「十四郎くんお誕生日オメデトウ」って皆でから揚げ食うのと、俺の秘蔵の濁り酒で、二人でしっぽりプランとあるんだけど、お前どっちがいい?」 腕時計や携帯、財布等をそれぞれ身に付けながら、近藤が多少からかうように笑う。 「濁り酒ってまさかそれ……」 呟いた土方が、神妙な顔をしながら新しい煙草を咥え、じっと目を落とした。 「ん?」 やがて不自然な沈黙にそちらを向けば、その視線が自分の股間へ注がれていたのに気付いた近藤は、さっと両手でズボンの上から前を押さえる。 「バッカじゃね? トシ、変態。セクハラ。折角旨い酒見つけたのに!」 珍しくうろたえた近藤の頬が少し赤い。 「だって、どっち選んでも結局そのオチなんだろ?」 近藤の様子に小さく笑いながら土方が煙草の火を消し、そろそろ行くかと上着へ袖を通した。仕度を終えた近藤は、その姿に近付き、土方を背後から抱きすくめる。 「だから、夜するから。それまでお前、ちゃんと生きてろよ」 本日の警備対象に特段テロ予告があるという訳ではない。ただいつも真選組の隊士には、心のどこかに明日をも知れぬという気持ちがあった。局副両長とはいえ例外ではない。 そのせいで時々、どちらからともなく無性に「約束」をしたくなる。 隊士達の前では決して零す事はないが、今は近藤がそんな無常感に囚われたらしい。 土方は腹の前に回された近藤の、がしりとした腕に自分の手を添え「大丈夫」と根拠のない笑いを浮かべ、弱気の虫を互いの胸の内から追い出した。 いつだかに自分がぐずぐずと悲観的な、言っても仕方のない不安に押し潰されそうになっていた時に近藤が「とにかく笑え」と「無理でも笑ってりゃ、笑えンだよ」と言った言葉を忘れた事はない。その台詞に土方は、無茶苦茶だ、とつられて笑った。 以来、互いを心配するあまり、時々ふいに襲われるマイナス指向はなるべく芽の小さな内に表し、さっさと笑い飛ばす事にしていた。 「頼もしいなァ」 元からそれ程シリアスに構えていた訳でもない近藤は、上機嫌で体の向きを変え、土方を正面から抱き締めると音を立て、軽く唇を合わせる。 「まァ夜にゃ精々、アンタご自慢の濁り酒とやら、飲ませて貰おうじゃねェの」 言って土方は、笑顔でぎゅっと近藤の股間を握った。 「っ……!」 思わず体を折った近藤の脇を、何食わぬ顔で土方がすり抜ける。 楽しげに歩くその背を近藤の「今晩使えなかったらどうすんの!」とふざけた吼え声が追いかけた。 |