7月8日


 今日は総悟の誕生日だ。
 真選組結成以来、組が大きくなるにつれ中々時間が取れずにいるが、毎年今日この日には、近藤さんは直々に総悟に剣の稽古を付ける。今年も総悟が近藤さんと道場に行ってからそろそろいい時間が経っていた。
 この時ばかりは他人は道場内に立ち入り禁止となるが、季節柄もあり窓や出入り口は開け放たれていて、今も隊士達は好きにそこから覗き込んでいる。
 暑い。一雨くるかと思った空はカラリと晴れ上がったまま暮れて、日が沈んだ先刻から、ようやくいくらか涼しい風が吹き出した。
 やがて道場の方から隊士達の声がして、それが三々五々と散って行く。終わったんだろう。
 新しい煙草に火をつけて、俺はぼんやり、扇風機で流れる煙を目で追った。
 俺は、何となく毎年、総悟の誕生日の稽古風景は見ないようにしている。
 この日は総悟が一番ちゃんと真っ直ぐ稽古する日で、見ればアイツの凄さがよく判る。近藤さん相手でも、三本やりゃァ二本か、下手すりゃ三本とも取っちまう。近藤さんも底意地を出すから重さのある一本が決まれば、いかな総悟といえども壁までぶっ飛ばされる始末で、見てりゃ堪らず面白いんだが、何でかこの日は遠慮してしまう。
「よーう」
 風呂で汗を流してきたらしい近藤さんに続いて、総悟が首にかけたタオルで髪を拭いながら現れた。
「お疲れさん」
 俺は濡れ縁に座ったまま二人に声をかけ、見える位置に傷やらがねェか確認する。今年はどちらも綺麗な顔をしていた。怪我のひとつや二つ、勲章だとは思うけれども、ないならそれに越した事はない。
 足元に置いた蚊遣りの独特の匂いを嗅ぎながら、傍の盥に張った氷水にちょいと指先をつけてみる。氷屋に持ってきて貰う気泡の少ない透明氷はまだ十分にデカくて、中に入れた二つの瓶をキンと冷やしてくれていた。
 盆に伏せたガラスのぐい飲みを、俺と同じように縁側へ腰を降ろした二人にそれぞれ渡す。
「こりゃなんですかィ?」
 言いながら盥から持ち上げた瓶のラベルを総悟が眺めた。
「直し。割って飲もうと思ってよ」
 言いながらもう片方、焼酎の瓶の蓋を取り、俺はまず近藤さんのぐい飲みに注ぐ。
「直し?」
 きょとんとした目でこちらを伺った総悟の手元のグラスにも焼酎を注いだ。
「あ。「柳陰」ですかィ?」
「それだ。なんか幽霊チックな名前だったと思ったんだけどよ」
 なぜか嬉しそうににこにこした近藤さんは、総悟の手から取ったみりんの瓶を、ほらと差し出し総悟のグラスに注いだ後、手酌で先に焼酎を注いだ俺にも入れてくれる。
「縁起でもねェ事言わねェでくれ」
 いつの間にやら暮れ切った、闇に向かってのちんまりした夕涼みだ。俺が思わずブルッとぶーたれたのをシカトして、二人はさっさとテメーのぐい飲みをかき混ぜている。
「こんなモンかね?」
「ちィっとみりんが多くねェですかィ?」
「聞けよ」
「ヘタレの話をマトモに聞いてちゃ折角の酒がぬるくなりまさァ」
 お決まりの展開とはいえおかしいだろうと煙草の合間に一言口を挟めば倍も言葉が返ってくる。
「誰が冷やしてやってたと思ってんだコラ」
 お前が聞いてた落語でこういう、直しを飲む場面があったから。いつものスイカの代わりに今年はアルコールだぞ。しかもわざわざ飲用の、上等みりんをネットでお取り寄せだコノヤローありがたがれ。
「へェ。……アンタが冷やしてくれたんですかィ?」
 思っていたのに、急に総悟のヤローがこっちをまじまじ見つめるもんだから、俺も妙に尻の座りが悪くなる。
「まァまァまァ。じゃあ、ほら、乾杯」
 近藤さんのその言葉で、俺達は初めて飲む酒を口に運んだ。
「甘い」
「あー。こりゃ喉越しいいからツルッといっちまうな」
 俺と近藤さんがそんな事言いながら飲んでいると、総悟のヤツは「鯉の洗いはねェんですかィ?」などとのうのう言いやがる。
「今、賄いの姐さん達が天ぷら揚げてくれてるけど」
 じきに山崎が持ってくるだろうと総悟を見れば、コイツは首をすくめて「ヨシツネ」と小さく呟いた。
「うん?」
「青菜は散々聞きやしたがね。実際の柳陰飲むなァ初めてでさァ」
 総悟のヤロー、ポーカーフェイスは相変わらずだが、どこかしら弾んだ声を出している。ザマーミロもっと嬉しがれ。
「そうだ総悟、柳陰、一席やってよ」
 近藤さんの声もつられたようにどこか楽しげだ。
「柳陰じゃねーです、「青菜」。「柳陰」はみりんの焼酎割り、「青菜」って噺に出てくる、この酒の事でさァ」
 上機嫌で杯を飲み干した総悟が、次を入れようと盥に手を伸ばすのを、俺と近藤さん、それぞれが瓶を掴んでまるで申し合わせたみてェに代わる代わるグラスに注いだ。
「ありがとうございます」
 当たり前だがさりげなく、総悟の手の中で、総悟の為の酒を作る俺たちに対し、総悟の口から礼が出る。
 今年はまァこれで、その言葉でヨシにしてやろうか。ぷかりぷかりと煙を吐きながらそんな風に考えていると、総悟のヤローとんでもねェ事を言い出した。
「そうですねェ。でも俺ァ咄家じゃねェんで、うまく語れやせん。ここはひとつみんなで季節柄、とっておきのCD選集で怪談物でも聞きやせんかい?」
 絶対断固辞退する!
 








沖田お誕生日おめでとう!

落語の「青菜」って噺の中に
「柳陰(やなぎかげ)」とか「鯉の洗い」「ヨシツネ」と出てくる訳ですが、
あんまりそこは考えず、知ってる人はニヤリと、知らない人はふうんと流して読んで下さい。
「直し(なおし)」てーのも、みりんの焼酎割り、「柳陰」と同じ意味の江戸弁というか関東言葉。


沖田の誕生日になんかできて、ものすごく嬉しいです!
沖田も大好き。

09.07.07UP