「法度は、ありゃ、隊士同士の話であって」
 ぼそ、と土方が呟く言葉に近藤が耳を澄ます。
「今言ってんのは、その、なんて言うか、付き合ってる、人、の、話だろ」
 煙草を咥え、ふて腐れたような声で言い澱む、土方の耳までが赤い。
 平静を装っているらしいが目を合わせない。
 言葉の意味が脳に伝わると、つられたように近藤も赤面した。
「あ」
 思いがけない土方の発言に、狼狽した近藤が口を開く。自分のそんな様子に慌てて口を押さえてはみるが、土方の言葉に堪えきれず、つい目を細めてしまう。
 どこまでその様子に気付いているのか、土方は腿の上で強くこぶしを握りながら唇を尖らせ、畳の目を睨み付けていた。
「何」
 赤い顔で、開き直ったようにつっけんどんな声を出してはいるが、照れて逃げ出さなくなっただけ進歩している。抱き合う最中ならともかく、素面でいて、自分をそんな風に恋人だと匂わせる発言自体が珍しい。近藤の胸が躍り、早鐘を打った。
「トシ」
 邪魔な湯飲みや灰皿を脇へ退かした近藤が、膝を進めて土方の腕を引いた。
「……なんだよ」
 近藤の腕の中閉じ込められた土方の、力のない声の奥にある、恥じらいが愛しい。
「嬉しい」
 強く、力一杯に抱き締めたがる自分の気持ちを抑え、近藤は土方のこめかみに、額に眉にと口付けを降らせる。
「まだ何もしてねェ」
 首をすくめる土方の瞼に口付ければ、薄い皮膚の下にある、目玉がきょろりと動く感触がした。そんな感覚にすら思いが募る。
「いいんだよ。もう嬉しい。今スゲー嬉しい」
 ヤバイ。「欲しい物はトシ」って、言いそう。言いたい。どうしよう、可愛い。他になんにもいらねェや。
 近藤は舞い上がり、顔をすり寄せる。頬に髭を当てればくすぐったいと土方が身動ぎして近藤の着物の胸の辺りを握り込んだ。
「宴会は?」
 土方の言葉にまだそんな事をと軽く驚く。なんならこのまま押し倒し、今ここで思うまま可愛がりたい。
「してェ? トシがしてーならしてもいいよ。する?」
 多分、いざ宴会となれば土方は手配も完璧にするだろう。それはそれで面白いと近藤も思う。
「アンタがしてェんじゃねェのって聞いてんの」
「俺? 俺ァ別に……」
 お前がいりゃ何でも、と続けようとした言葉を近藤は途中で止めた。
 したい事は普段からしている。だからもし自分の誕生日が特別だというのなら、自分の特別が、特別喜ぶ事がしたい。
「お前、何したい?」
 腕の中、横向きに抱えるように沿わせた土方の前髪を後ろへ撫で付ける。
「あ? アンタの誕生日って言ってんだろ」
「うん。だから。お前のしたい事がしたい」
 できれば二人で。そう付け加えようかとして近藤は口をつぐむ。土方が自分に、晴れの場を演出したがる気持ちも判る。土方が望むなら宴席で、隊士と一緒にバカ騒ぎに興じるのもいいだろう。それもきっと楽しい。その様を見て土方が喜ぶなら、それはいい提案だ。
「お前、してェ事ねェの」
「……アンタの誕生日なのに?」
 土方が戸惑うように眉をひそませる。その顔に近藤の頬がますます緩んだ。
「おう。一年に一回位、俺の願い叶えてくれよ」
「だから」
「トシ。俺としてェ事は?」
 浮かれた声から一転、土方の耳に口を直接付けて、近藤がそっと囁く。土方がびくりと体を硬くした。
 ……ずりィよ。
 土方の唇が声に出せない言葉で震える。
「トシ」
「してェ事は、してる」
 例えば? と目顔で尋ねれば土方はためらう素振りをしながらも、頭をこつんと近藤の鎖骨辺りに付けた。普段有能で冷静な男の、甘えた仕種に思わず近藤の喉が鳴る。
「こういうの、とか」
 照れくさそうに口にした後、こちらを見上げた土方の潤んだ瞳の縁がほんのりと赤く色付いている。それがなんとも色っぽい。次を期待してしまう。
 飛びかかり、口付けたい。その思いを堪えながら、腕の中の土方の顔を至近距離で見つめる近藤が呟く。
「これだけで終わり?」
 お前のしたい事優先。だからまだ我慢。そんな近藤の考えを察しているのかいないのか、土方は体勢を変え膝立ちになると腕を伸ばし近藤の首を抱いた。
「アンタ、意地悪だな」
 ぽつりと零れた土方の言葉に近藤が慌てる。
「ええっ!? 甘やかして意地悪呼びって何ソレ、割りに合わねェよ」
 体に沿わせた腰へ腕を回し抱きながら、近藤は直角近くに顎を上げ土方を仰ぎ見た。
「甘やかしてくれんの」
 覗き込む土方の言葉が小さく笑いを含んでいる。どこまで本気か、明け透けな近藤の言葉が愉快だ。
「うん。そんで、トシにもっと俺の事好きになってもらうの」
 唇を緩め、機嫌よくゆっくりと顔を寄せていた土方の動きが止まった。
「これ以上?」
「うん。今以上」
 目を見張り、呆れた声を出す土方と対照的に、近藤はいかにも嬉しそうに微笑んでみせる。その様に土方は顔を逸らし、盛大な溜息を吐いた。
「やっぱりアンタ、意地悪だな……」
 自分のすべては、とうに近藤に差し出している。心も体も明け渡し、魂すらも近藤にゆだねたような、今以上に惚れろと言うのか。
 そんな事が可能なのかと、土方はいっそ近藤の言葉を不思議に思う。それでもこの人が望むなら、自分はそれを叶えたい。求められるのは躍り上がる程嬉しい。近藤はすべてをさらい、変わりに土方が欲しがるだけ自分をくれた。
 土方が次を、続きをとねだる事を覚えたのは、相手が近藤だからだ。近藤は貪欲になる土方を笑わず、拒まず、自身が奪った以上のものを浴びる程に与える。
 それは生き甲斐であり快楽であり、自分がまだ殻を破る事ができると、この男と交われば触れるものすべてが新しいと思わせる力を帯びている。
「何よソレ。人聞き悪ィなァ」
 楽し気に笑いながら近藤が尻を撫でる。色情を匂わせる触れ方ではなかったが、土方は苦笑しながら近藤の耳を軽く引っ張った。
「欲張り」
 イテテ、と零す近藤の両頬を手の平で包んで見下ろす。
「だからトシがしたい事、言えって」
「ふうん」
 視線を泳がせ逡巡する素振りをみせた土方は、楽しそうに相好を崩す近藤につられたように、とりあえずと笑いながら再び顔を寄せる。
「キスしていい?」
 目を合わせたまま囁き、土方は答えを待たず唇を合わせた。互いに腕を伸ばし髪に指を絡めながら、深く舌を交差させた後、名残惜しそうに唇をついばむ。
「……次は?」
 自分の願いを無心する近藤の弾んだ顔に、土方も笑う。
「後は、そうだな……」
 おかしな話だ。なぜ近藤の誕生日に自分の願いを言うのだろう。自分はまた近藤の優しさに溺れている。確かに甘やかされている。
 これは、特権だ。優しくて甘いアンタの、特別。
 男同士で色恋なんてと卑屈になりがちな自分に、心の中でだけとはいえ、そう自惚れさせてくれる近藤を凄いと、土方は素直に思う。
 それは一番特別で、一番気恥ずかしいが、一番嬉しい感情だ。
 それでも、近藤としたい事も、されたい事もいくらもある。絶好のチャンスだ。
 どの順番で迫るのが効果的だろう。
 土方はそんなとろけるような計画を企てながら、もう一度、と唇を寄せた。

 




近藤さんお誕生日おめでとう!

本文中、おめでとうって今年も言ってませんが、今年もここで言っておく。
近藤さんお誕生日おめでとう、大好きです!!
大好きですーーーー!!!!

09.09.04UP

「花棲」の魚谷さんが、これ読んで絵を描いて下さいました!
鎖骨にこつんって甘えるトシさんとか、さりげなく尻触っている近藤さんとか、
絵で見て一緒にニヤニヤして下さい!!

いちゃいちゃ近土バースデー絵・直通はこちら  こちら