悪い人 目が覚めたら、朝だった。 周囲のあまりの明るさに慌てて時計を見てそんな筈がと携帯へ手を伸ばし、そこでようやく今日が非番だと思い出す。 まったく。焦って損した。やっべーって、朝飯はともかく朝礼の時間もすぎてるしなんで近藤さん起こしてくんねーのとか誰か呼びにくんだろ普通、というかアレだろ、コレ時計壊れたとかなんかそんなだろって、とにかく焦った。なんだよ。くそ。 休みだ。今日は俺、お休み。副長休業。起きなくてもいいんだった。別に急ぎのメールも入ってねーし、いいや。もう一回寝よう。 今日は俺が休みだからってんで昨夜は近藤さんがさ、「まだいけンだろ」なんて珍しく後ろから乗っかって、って、ヤベ。思い出しちゃう。 二度寝する気で潜り込んだ布団はぽっかぽかで、俺はあえて片足を出して外気の冷たさに触れさせてから、さっと布団へ潜り直す。 極楽。あったか。ぬくぬくだ。 今日はどうしよう。髪切りに行こうか。ついでに刀匠んち寄って、いい出物がねーか見てくるか。映画。映画もなァ。どうせならDVDでも見るかな。煙草はあるし、髪切んのは今日じゃなくてもいいし。そうだ。今日はぐうたらしよう。たまってるマガジン一気読みとかしよう。一日中布団の中で暮らすんだ。 それでもとりあえず、近藤さんにあんまりみっともないトコ見せられねェしってんで俺は厠済ませて顔だけ洗ってきた。 「トシー? メシ、あるけど食う?」 部屋に戻れば襖越しに、ちょうど近藤さんの声がする。 「ん? 開けるぞ」 声をかけて俺は自分の部屋と近藤さんの部屋の仕切りの襖を開けた。 「おにぎり。ツナマヨと鮭マヨにしてもらってるし」 文机に向かう近藤さんは、パソコンで雛形調べながら上申書かなんかを作成している。 「サンキュ。ここで食っていい?」 きちんと制服着て仕事してる人の脇でダラダラ、寝巻きのまんまでメシを食うなんて追い出されっかな。そう思いながら尋ねれば、近藤さんはちらりとこちらを見て、「いいよ」と言ってくれた。 「ついでに、俺にもお茶入れて」 握り飯のラップに手をかけ、そのまま食おうとしてた俺は、その言葉でようやく自分にも茶を入れる気になった。 こういうのは、いいな。決めた。今日は一日近藤さんの傍にいよう。そんで近藤さんを見ていよう。 握り飯を食いながら、俺はうっとり、好きなだけ近藤さんを眺める。 昨夜の近藤さんは凄かった。早く早くってどきどきしながら優しく一回、入れられたまんまで揺さ振られてイきそうになったらとめられて、それを何度も繰り返されて、「もうヤダ」って、「お願いだから」って言わされた。 「好き?」って尋ねる近藤さんの声が意地悪で、俺は自分から腰振って足を絡めながらあの人に「好き」って何遍も言った。 こんな時しか言えねーからって「好き」って何度もいいだけ言えば、近藤さんは俺の事抱きながら、か、可愛いって、言う。 可愛いってな俺みてェなヤツに使う言葉じゃねェよ。俺だってそこまで自惚れられねェ。けど、近藤さんが目ェ細めて俺の事じっと見下ろして「可愛いな」って言うの、好き。スッゲー欲望たぎらせた近藤さんに押し潰されるくらいに抱かれて、逃げらんねェって、逃がさねェって快楽ん中追い詰められて、アンタが好きって、好きでもうおかしくなるって、そんなはしたねェ事口にしてもこの人は笑わねェし、それどころか「俺も」って。 「俺も、お前が好き」 って。……参ったなァ。今お茶飲んで濡れた唇、あれが俺を狂わせんだ。そやって澄ました顔で仕事してたり、隊士たちとバカ騒ぎしてる時には全然想像もできねェのにな。 あの唇が俺の耳に「トシ」って息を吹き込んで、俺の舌ァ吸ったと思えば首だの顎だの散々なぞって、胸ェしゃぶって更にその下、腹から臍の下まで辿って。その間もずっと「トシ」って「お前の、もうこんなだよ」って「気持ちいい」って「好き」って、あああもう。 ありゃァ相当悪い唇だ。 大体近藤さんの、髭もいけない。キスして髭があたって、頬擦りされて髭があたって、そんな、目ェ閉じてても相手がアンタだって判っちまう。アンタとしかそりゃしねェけど、そんな風に髭があたると俺はアンタを意識してゾクゾクってかムラムラってか、興奮しちまうんだ。 あの髭は、悪い髭だ。 でも、本当に悪いのは、あの指だ。 俺の顎掴んで顔そむけらんねェようにして、かと思えば優しく髪ィ撫でられて、ひょいとうなじ抱き寄せられたら俺ァもう、いとも容易く落ちちまう。悪戯な指がやけにゆっくり俺の体のどこもかしこも優しく触れて、だけど時々「まだ」って「もうちょっと我慢しろよ」って俺の快楽を堰きとめる。そんなの、よすぎて、困る。 あの指は駄目だ。ありゃ、かなりの悪だ。 大体近藤さんは悪の塊だ。 あの太い腕。凄ェよ。あんなもんで抱き締められたら、そりゃ逃げられねーっての。逃げられねェってくらい抱き締められたら、そんなもん、好きな相手だ、気持ちいいに決まってんだよ。あァこの人、今は本気でしたがってんだなって、俺の事欲しがってんだなって、そんなん、嬉しくねェ筈がねェ。 それにあの肩。俺が爪立ててもびくともしねェの。悪いよなァ。 この人がすぐ脱ぐのって、ほんっと俺を狂わせる為かなって、わっるい人だよなァっていっつも、 「トシ」 「んあっ?」 急に近藤さんに呼ばれて俺ははっと顔を上げる。 近藤さんは困ったような、怒ってるような笑ってるような、なんかそんな、何ともいえない顔をしている。 「トシ、……悪い顔になってる」 悪いのは近藤さんだろってちょうど考えてるとこにそんな事言われて俺は心外だとバカみてェな声を出す。 「えええええ? 悪い顔ってなんだよ、それ」 勢い込んだ俺に近藤さんは、口をへの字に曲げた後、ふうと息を吐いた。 「えろい顔って事!」 言われて俺は、慌てて自分の顔を手で覆う。 「……。ごめん」 正気に戻って思わず謝れば、近藤さんはぷっと笑った後、俺に流し目をひとつくれた。 「昨夜のじゃ足んねェか?」 その顔も声も全部最強、最高に悪くって、俺はもうぐにゃぐにゃになる。 ……今夜に備えてやっぱり俺は、今日はもう寝といた方がいいかもしんねェ。 |