SかMか 「あれ、局長まだ帰ってませんか」 土方へ書類を届けにきた時、山崎が言った。 「ん? 今日はすまいる回ってくるらしいぞ」 何か用か、と煙草に火をつける土方に「いや、急ぎじゃないですけど」と軽く首をすくめると、山崎はしかしまあ、と感心したような声を出す。 「懲りませんよね、局長も。あれですかね。本気でMとか、そーゆーアレですか?」 呆れながらも半ば本気のように尋ねる山崎に、土方は「しらねーよ」と鼻白む。 「どっちかってーとありゃSだろう」 「ええええ。なんで。だってあんだけボコられても好きだとか、ないわー。プレイじゃなかったらいっそ引くわー」 「うるせェ」 大袈裟に溜息をついてみせる山崎に拳を突き出し殴る真似をすると、土方はふう、と煙を吐いた。 「だってあの女、逃げられねェんだぞ」 「はい?」 「近藤さんが金持って店ェ行くだろ? 指名する。呼ばれりゃ逃げられねェ。仕事だから」 「そりゃそうですけど」 淡々と話す土方を、それがどうしたと山崎が窺う。 「近藤さん、金払いいいだろ。あの女の上得意だ。近藤さんだからあんな接客で許されてんだよ。近藤さんが行かなきゃあの女、売り上げなんざガタッと落ちるぞ。しかもすぐ手が出る。そんな女、店だっていつまでも雇ってられるかってーの。よその店でも使えねェ。だろ? だから職場も移れねェ」 はぁ、と相槌を打ちながら山崎は「つまり局長はMじゃなくって、優しい人って事ですか」と土方の顔を見た。 「ちっげーよ。金の力で嫌がる女に酌させてにこにこしている男ってーのは、優しいだとかMとは言わねェだろって」 その言葉に山崎は目を丸くして暫く意味を考える。 「……Sですかね」 うん、と不思議と満足そうに頷く土方を片眉を上げて眺めると、山崎の口から独り言のように言葉が零れた。 「金の力でどうこうって、それもないわー。引くわー。局長黒いわー」 「うるっせェェ」 ゴツッと音をさせ山崎の頭を殴ると、土方は「だから!」と煙草を押し潰す。 「あの女が本当に嫌がる事ァしてねェだろが。ぎりぎり生かさず殺さず、発散できるように殴られてやりながら上手に遊んでんだから、SだのMだのどうでもいいんだよ」 え、結構局長、マジで嫌がられてるっぽいですけど。そりゃ姐さんだってある程度は商売だと思ってるでしょうけど、家に潜んでるとかじっと見守られてるとかありえねーって、恐いって。 けど、嫌がられてるのに拒めない様見てるのが快感って事? え、それってSなのMなの結局どっち。うわ、変態の世界は判りません。 いっそ沖田さんみたくあからさまなドSなら、そういうもんだと割り切れるのに。 そんな事を考えながらも、フン、と鼻を鳴らす土方に、これ以上殴られては敵わないと山崎は口を閉ざした。 |