年賀状 ぐしゅ、と派手にくしゃみをひとつして俺は鼻をすすった。 気がつけばとうに日の変わる時間で、俺は鳴らない携帯をもう一度チェックして、新着がねェか確かめる。連絡なし。 ま、飲み屋行ってんだしな。このくらい珍しくねェや。 今日はもういいやと肩を回して立ち上がり、布団を敷く事にする。 それにしてもこの十二月、忘年会だ納め会だと散々あちこち顔出して、連日飲んでいるくせに、自腹切ってまで高ェ酒飲みに出かけるなんざ、ご苦労なこった。 それでも仕事じゃねェ酒ってなァ大事だろって判っちゃいるから構わねェ。構わねェんだけど、連絡くらい入れろってーの。 どうせ朝には戻るだろ。せいぜいそんなに殴られていなきゃいいんだが。 大体局長が女にボコられてそのままってな体面が悪ィよ。金ではべらす商売女ならアレでなくともいいだろうに。アンタさえその気ならもっと相応にちやほやしてくれる女、いくらでも用意してやんのに。 でもまァ、あれがあの人のいいトコでもあんだよ。酒場女とはチャラって遊ぶだけってわきまえてさァ。わきまえ……てるかァ? ……いや、ウン。いい。あんま考えんのやめとこう。あの人が飲んだ挙句に冬の路上でのされてる、なんてのだけはごめんだな。 考えながら俺はようやく目をつぶる。 調子のいい人だから、もう寝たのかって、冷えたよ入れてくれよって、俺の布団に忍んできたりして。それぐらいのがいいな。下手に怪我でもしてりゃ隠そうとするからな。 ……見張られてるみてェで嫌だとか、判るけど。護衛でも小姓でも連絡係でもなんでもいいから連れて行けと、どうか一人で夜歩きはやめてくれってあんなに言ってんのに。アンタがどこで何してるとかが知りたいんじゃねェ。無事で存在してるって安心してェだけだ。 言っても聞かねェってのは、己の力を過信しているんだろうか。 あの人ァあれで、用心深いしきっちりしている方だから、そんな事ァなさそうなんだが。それともどうしても、組のやつらのいねェトコに行きたくなるんだろうか。 判るよ。無粋な屯所の奴らを折角連れて行ったとしても会計はアンタ持ちで他のヤローだけちやほやされるとか、腹ァ立つよなァ。 一人になりてェ理由がそんなならいいんだけど。 あー。駄目だ。職場と寝食同じ場所で、そりゃあの人じゃなくたって、外に飲みにも行きたくならァ。だからそんな、理由とか面倒くせェ事考えてんじゃねェよってテメーでテメーに言い聞かせ、俺はぎゅっと布団にもぐる。 そうして気がつきゃウトウトしたんだろう、いつの間にか朝になっていたが、近藤さんは帰ってこねェままだった。 携帯で連絡を取る。応答なし。携帯のGPSをチェックして、場所を確認した。朝飯前だとぐずる山崎を一喝し、目的地へ向かわせる。 反応がいつものすまいるやあの女の自宅である旧・恒道館じゃねェのがどうも気にかかる。その辺で寝こけてんじゃなきゃいいんだが。……最悪、かどわかしじゃねェだろうな。 大丈夫だ。落ち着け。俺は自分に言い聞かす。 こんな事で動揺してどうするよ。朝帰りなんざよくあるし、外泊だってないじゃねェ。連絡なしってのも、何度かある。だから今度も大丈夫だ。 判っちゃいるけど飯ィ食う気になれなくて、俺はタバコをパッパカ吹かす。 嫌な予感なんてしょっちゅうだ。だからそんな感覚、俺は信じねェ。 だけど山崎が泥で汚れた近藤さんの携帯だけを持って帰ってきたもんだから、畜生、あの人の行方不明を認めざるを得ないだろ。 あの女の周辺はとっくに洗わせているが、本人は澄ました顔で「ここ最近は見ないわね」なんてとぼけていやがるらしい。舌先三寸でたらめ言うなと締め上げてやりてェとこだがいかんせん、物的証拠がありゃしねェ。 片っ端から昨日の近藤さんを見た奴を呼びだしよく聞けば、なんだか昼間、楽しそうに「年賀状出してくる」と出て行ったきりらしい。話を合わせるとどうやらそれが屯所での近藤さんを見た最後のようだ。 「年賀状?」 組で出すやつは印刷を頼んだ。だがまだ住所や宛名を書いちゃいなかった筈だ。包みを探せば確かにそのまま封も解かれず、年賀状は俺が置いた場所へと鎮座していた。 これに近藤さんが手をつけたとは思えねェ。何の話だろう。 へたすりゃ近藤さんの命に関わる。 いつものようにどっかその辺、寄り道してるだけだってーなら派手に捜索隊を出した結果、沽券に関わるだの笑われようが後ろ指差されようが別にそれくらい構やしねェんだが、もし敵対組織による誘拐だったりした場合、どこまで局長不在を公にしていいんだか判らねェ。 犯人たちの要求も判らねェし、局長の留守とこちらをなめきって便乗する、気違いテロリストが暴れる可能性もある。 未だ気を抜きゃアンパンアンパンとぶつぶつ呟く山崎の尻を蹴飛ばし、調べがついている限りのテロリストたちの周辺に、何か変わった動きがないか探させる。 少人数を局長探索に組織しなおし、他の隊士にゃ通常業務に当たらせる。十二月に入って仕事はいくらでもある。その上これまで近藤さんが引き受けてくれていた対外的な役割ってなトップじゃねェと面目が立たねェってか、畜生、俺じゃ愛想悪くてまとまる話もまとまらねェんだ。 どうしてもずらせねェ予定だけ俺に振り分けて、一日経ち二日経ち、初めの内は心配しつつも、結局はどっかで油売ってんだろって高ァ括っていられたんだが、あの人が姿を消して、一週間がすぎた。 夜中酒くせェ匂いさせて布団にもぐり込んでくるとか、手足絡ませてきたと思ったら押さえつけられ睡眠時間減っちゃうだろって、そんな事してる訳でもねェのに、朝日ん中、真冬だってのに変に粘っこい汗かいた顔を洗って見てみりゃ、目の下にゃくっきり隈が浮いている。 ざまァねェや。 近藤さんやそこらの女は俺の肌色を気に入ってくれちゃいるようだけど、こういう時、もろに顔色が青くなる。山崎の変装セットの中からドーランでも借りてくるかと一瞬考え、下らねェと吐き捨てる。 こんな事を一番に気付いてやいのやいのと小言をまくしたててくるのが面倒だって、顔色隠したくなるような相手は、今いねーんだった。 人の顔色に目ざとく反応して、有無を言わさずデカイ手でまぶたを覆ってくれるような人がいねーせいでこんな、シケたツラァしてるんだった。 あの女は近藤さんの居場所を飽くまでも知らねェと言い張っている。 さすがに捜索令状取る訳にはいかねェから、内緒で屋根裏から縁の下まで、あそこの屋敷も出入りの人間もぐるっとすべて調べさせてある。手がかりはない。礼状がありゃ俺が先陣きって探せんのに。 部屋に戻って唯一の手がかり、年賀状がどうだってんだとぼんやりする内、目先から片付けようと宛名の印刷をする事にした。 名簿の中に名前はねェが、ふと思い立ち調べてみる。万事屋の住所。 だってもう、一週間だぞ。おかしいだろ。借りを作るのが邪魔くさいだとか言ってる場合じゃねェだろう。 ただの年賀状だ。挨拶じゃねェか。挨拶のついでにちょっと、尋ねてみてェ事があるだけだ。 そんな藁にもすがる思いで、俺は、はがきを一枚書いた。 |