最高の宝物 今年の夏はいつまでも暑いらしくて、テレビでは気象予報士が「熱帯夜」だとか「猛暑日」なんて言葉を盆を過ぎても言っている。 ありえねェ。ふざけんな。誰にともなくそんな風に毒づきながら、重い黒の隊服を着てトシとパトカーで見回りに出る。 車内のエアコンは最強、確かにひんやりはしてんだけど日差しが当たるとこが暑いのなんのって。いっそ痛ェってんだよ。 「こういつまでも暑いんじゃ、浴衣新調すっかなって思うよなァ」 助手席で俺が呟けば、トシは運転しながら「ふうん」だとか「いいんじゃね?」って気のないような生返事をする。 「こう、ノリのパリッときいたおろしたての浴衣で寝るなんざ、贅沢と思わねェ?」 俺がそう言えばトシはフンと鼻を鳴らした。 「寝巻きにする浴衣かよ」 「おうよ。ま、実際寝るにゃァちいっとよれたくれェの肌に馴染んだ洗いざらしのが気持ちよかったりすんだけどな。……そう考えるとやっぱ、新しい浴衣もいらねェな」 自分で言っといてなんだけど、とテメーでテメーの言葉を否定するように軽くそう口にすりゃ、トシは煙草に火ィつけるついでみてェに俺にちらりと一瞥をくれた。 「そうか? そのくらいの贅沢ならいいんじゃねェの」 よし。かかった。そんな内心が表に出ねェように、俺は澄まして唇を尖らせる。 「だめだめ。今の浴衣のローテーション、完璧な布陣だから。新入りの面倒見てやる余裕はねェんだ」 「浴衣の話じゃねェのかよ」 「そうだよ?」 俺のふざけた物言いをどう思ったか、トシは溜息みてェな勢いで、細く長く煙を吐いた。 総悟の誕生日が済んだ辺りから、俺はちょくちょくこうやって、トシに「あれが欲しい」とさりげなく伝える。そしてそのたび、決まってテメーで「やっぱりいらない」と否定してきた。 なんの為ってそんなの勿論、俺の誕生日の為だ。 トシが俺になにをくれるのか、それが、スゲー楽しみだ。 欲しいものはそれなりに自分で買えるようになったし、そりゃ刀ってな消耗品みてェなトコあるから何本でも欲しいけど、安物じゃ使えねェし高すぎても観賞用だ。実用ならやっぱ折角だ、テメーの目で選びたい。そりゃトシだって判ってる。 他に俺が本当に欲しいものと言やァ休暇となるが、そんなモン、副長権限で局長の休暇増やします、なんてなったら俺だって腹の底がざわついて、そのままいっそ失踪しちまいそうだ。そんな真選組はいただけねェ。 だから、欲しいものなんて俺には今、そんなにない。 今だってその気になりゃトシに命令して人のこねェ場所に車回させて、煙草ばっかくわえてやがるあの唇に、キスしたりとかも、できる。コイツは暴れて呆れて「ふざけんな」って怒るだろうけど、俺に愛想つかしたりゃ、しねェ。 トシが、俺に、最大限アンテナ伸ばしてんのが判る。 俺の誕生日はどうしよう、プレゼントはなににしよう。夏中、ふとした瞬間に、トシはそんな事を考えている。 だから、答えはやらない。 欲しいモンはもう持ってるって素直に言ってやった事も何度もあるけど。 俺がアレコレ欲しいと言うたびに、トシは胸の内にその言葉を刻み込むみてェにしてて、だから俺はテメーの欲しいをさっさと打ち消して、軽くトシを煙に巻く。 トシは、もっと悩めばいい。 俺はなにが欲しいのって俺がどうすりゃ嬉しがるんだって、考えては迷って、困っちゃえばいい。 俺に喜んで欲しいって、俺の事ばっか、ずーっとずーっと考えていればいい。 そんで降参だって服脱いでくれるんでもいいし、例えば俺がホントに欲しい、髭剃りの替え刃なんていう、誕生日プレゼントではないなソレってな普通のモンくれるんでもいい。 トシが俺の事を考えている、それが最高のプレゼントだ。 俺がまだ、この男の胸の内を独占できる男だと実感できりゃァ、テメーでテメーにオメデトウだと素直に思える。こんな幸せ、そうないぞ。 だからトシ、俺の誕生日には「ありがとうありがとう」って好きなだけ可愛がるつもりですから。覚悟しといて下さいよ、っと。 |