春は まだかと 冷たい空気に、月が高い空でやけに冴え渡る。 遅くなった使いからの帰り道、満月に近い月明かりを幸いと、灯りも持たずに近藤は歩いていた。顔の下半分までマフラー代わりに厚手の手拭いを巻き、ハァァとこもった息を吐いては、寒い寒いと腕を組む。背を丸めながら俯きがちに自身の爪先に視線をやれば、とっとっと自然早足になった。 遮るもののない田舎道、遠慮なく吹き付ける北風に、一層首をすくめる。 帰ったら。 風呂はもう火種落ちてっだろうから仕方ねェ、熱燗きゅーっと引っ掛けて、飯がまだ残ってたなら、貰いモンの干物で茶漬けかな。 あァ畜生それにしても随分冷えやがる。こりゃ明日は雪かもな。今年ゃ掻巻新しくしてェな。てか言ってる内にいっつも春になんだよな。あー早く暖かくなんねェかな。夏があったなんて嘘みてェ。 ずず、と洟をすすりながら近藤は冷え切った耳を押さえ、暖を取りながら歩く。 と、向こうからゆらゆらと畦道をこちらへ、早足で提灯がやってくるのに気付いた。 みるみる傍へ寄るその人影に、どこかへ急ぎの用かと近藤は足を止め、半身になると道の傍らをあける。似てるな、と思った時に呼びかけられた。 「近藤さん」 「おっ。トシか? どうしたよこんな時分に」 似てると思った当人の声に、近藤は提灯を持ち上げこちらを確認する土方へ、足を止め尋ねる。 「どうって、アンタが遅ェから」 「あァ? 迎えに来てくれたんだ?」 「おうよ。通りの向こうっから灯りも点けずに歩いてくる、あの影、ありゃァウチの若先生か盗人か、ってな。今晩辺り降るとか言ってるしよ」 脇に畳んだ傘を二本抱え、軽口を叩くその男を、近藤はじっと月と提灯の薄明かりで眺めた。 こんな寒い日にわざわざ迎えに出なくても。子供じゃねんだから。 そうは思うが、なんだか嬉しいやら面映いやら、近藤は、霜こそまだ降りてはいないものの、冷えた夜道を裸足に草鞋で駆けるようにやってきた土方の鼻の頭をきゅ、と摘むように触った。 「何だよッ」 ぺちん、と手を払うと土方は決まり悪そうに鼻をすする。 冷たい鼻の感触に、近藤はふふんと内心笑った。 「ほらッ。とっとと帰んぞ」 踵を返す土方に付いて歩き出しながら、近藤が手を伸ばす。 「何?」 不審な顔の土方に、近藤は暢気に「寒いから」と口元を綻ばせた。 「……手ェ繋いで帰るか?」 続けた近藤の言葉に、土方は何事か口中で言葉にならない言葉を呟く。 「どしたよ?」 ひょい、と顔を覗き込みながら隣を歩く近藤を、振り切るように土方はまた早足になった。 「うるっさい、るっさい!」 腕を振り回し急ぎながらも、提灯の灯りが消えないよう、近藤の足元を照らせるよう、気遣い歩く土方の姿に、近藤の胸に温かな光と痛みがよぎる。 影に揺れる長い髪を笑いながら見つめ、近藤は、好きだな、と思った。 やっぱり好きだ。俺は、この男に、不思議な程惚れてやがる。 いくら俺が惚れっぽいとは言えそりゃァやっぱり、マズイだろうよ。 「ぃよっし! 走って帰るかァ!?」 がし、と土方の首に腕を掛け景気付けるように大声を出す近藤に、「離せよ」とどこか暗がりにも赤い顔で土方も叫んだ。 その様を大声で笑いながらも、あァ、と溜息のように近藤は思う。 恋をしよう。俺は、恋をしよう。 誰でもいい、世界中の誰かに。お前じゃない誰かに。 好きだって胸張って言えるように。 |