山崎誕生日
「ん……今回はこれでいいや」
 既に深夜といえる時刻、屯所の奥の自室で監察の報告書を読んでいた土方は、そう呟くと目の前に膝を揃えて座る山崎に「ご苦労さん」と声をかけた。
「はーい。お疲れさまでっす」
 言って山崎が、何気なく部屋の時計に目を走らせる。
「あ」
「何?」
「や、12時、すぎちゃいましたねー。……俺、昨日誕生日だったんスよ」
「そーかい。そりゃァめでてェな」
 土方はちらとも心のこもらない棒読みで言うと、仕事終わりの一服を気持ちよさげに吹かした。
「思ってないじゃないですか」
 副長らしいやと、山崎が顔へ出さずに苦笑し立ち上がる。
「それじゃ、失礼します」
「ん。お疲れ」
 立ち上がり部屋を出ると、雨戸を閉めてあるとはいえ隙間風の吹き込む廊下を、山崎は肩を竦め歩く。
 一日の終わりに機嫌のいい副長の顔が見れたなら、祝いのない誕生日も、そう悪い日じゃなかったかなと少し笑った。

08.02.07




「トシー」
「ん?」
「あはー。引っかかった」
「いや、今頃そんな、ほっぺツンとかそんなのナシだろ……」
「あっしまった! 惜っしー」
「聞けよ」
「唇ちゅーって出しといたらさァ、コレ、ちゅうってお前とできたんじゃね?」
「いやいやいや。それこそ煙草咥えてたらどーすんの。直撃だぞ。モロだよ。容赦ナシだろ」
「えっじゃァちゅうしたい時どーしよっか?」
「ちゅっ……ちゅう、したいん、だ?」
「したいよー。トシは?」
「したくない、訳でも、ナイ、かな……」

08.02.29



「今日アレだぞ。いきなり寒いぞ」
 登城から戻った近藤が、襟元のスカーフを心持ち引き上げながら土方の部屋へやってきた。
 会議の顔触れを一通り土方に聞かせてやった後、話の合間にそう言うと、派手なくしゃみをひとつする。
「こたつ出すか」
「まだ早ェよ」
 いくらなんでもまだこれで、一応九月だろうがと土方が鼻であしらった。
「じゃあストーブ」
「ふざけんな」
 灯油だってねェだろう、と土方は近藤の軽口に付き合いながら煙草に火を点ける。
「あーもー、晩は羽毛布団出しちゃおっかなァ」
「それ位ならいいんじゃね?」
 局長用の羽毛って布団部屋だな、一回陽に当てとくよう誰かに言っておこう。煙を大きく吐きながら、自分の分はどうしたものかと土方が逡巡していると、近藤がにやりと笑った。
「お前はさ、寒けりゃ俺の布団に潜り込んでもいいよ」
 その台詞に軽く噴き出した土方は、そっちがその気なら、と気取って煙草を吸いながら、顎を呷り気味にちらりと近藤へ視線を流す。
「二人で寝るなら羽毛の布団じゃなくっても、熱くて堪んねェんじゃね?」



08.09.29



 3Z・バレンタイン
「トッ、トシー!! どうしよう! 大変! 見て」
 言って近藤は机の中から、駄菓子のひょろ長いチョコ菓子を掴んで土方に見せた。
「スゲー。やったじゃん。モテモテだな」
 土方は自身の机にも、いくつか綺麗にラッピングされた小箱が入っているのには気付いたが、引っ張り出して見るまでもないと知らない振りをする。
 その浮かれように笑いながらハイタッチ、と手の平を頭の上で近藤に向けると、はしゃいだ近藤は盛大にバチンと音を立て手を合わせた。
「メッセージとかねェかなァ」
 言いながら元より卒業式前で、既に空になっていた机を覗くが何も見つからない。
「なァ、どうしよ。コレってバレンタインだからだよなァ!?」
 そわそわした様子の近藤に、「そうだと思うよ」と土方が苦笑しながら言えば、近藤は、キラキラとした瞳で「そっかー。だよなァ! 14日だもんなァ!」と嬉しそうに全開の笑顔になった。
「母ちゃん以外に貰うの初めてだよどーしよう。ってか、ああっ。どうしようもう卒業なのに! お返し!!」
 ホワイトディって卒業後だよどうしよう、忍び込んでこの机にお返し入れといたら相手、勝手に取ってってくれるかな? そういった事を熱っぽい目でぶつぶつ呟いていた近藤は、土方の髪をくしゃりと撫でる。
「いいや、お返しは3月なったらトシ、一緒に買いに行こ」
「いいけど。……で、どうすんの。相手、判ってんの?」
 頭、ぐちゃぐちゃになるだろーが、と照れたように髪を整える土方へ、近藤は余計にくちゃくちゃと毛を掻き回す。
「だって、コレ、お前だろ?」
「は?」
「くれたの、どーせお前だろ?」
 でなきゃお前、義理って言ってももうちょっとなんかこう、あんだろー。言って近藤がカラカラ笑う。
「や、別に俺は」
 土方が何やら口ごもっていると、近藤は、えへへとはにかんだ。
「どうせ、俺があげたいのって、お前だし」


09.02.14