ツンデレにチャレンジして玉砕
「近藤さん、コレ、頼まれてた弁当作ったから」
ジャンケンに負けた次の日の朝、土方は煙草を吸いながら近藤の部屋へ現れた。手にはちゃんと弁当の包みを持っている。
「ラッキー! マジで!? やったーホントありがとな」
受け取った近藤が相好を崩し、土方の髪をくちゃくちゃとかき回すように撫でた。
「大したモンじゃねェよ」
乱されたままの髪で照れたようにそっぽを向き、煙草を吹かす土方の、白い肌が赤らんでいる。その様子にますます楽しげな表情を浮かべた近藤は、大きな手の平の上に弁当箱を乗せ、あっさり包みを開いた。
「うっわスゲッ。超うまそう!」
その言葉に土方が振り返った時には、近藤は既に唐揚げをひとつ摘んで口に放り込んでいる。
「あっバカ!」
土方が叫ぶのと近藤の目が見開かれたのは、同時だった。
口をもごもごさせながらびっくり眼で自分を見つめる近藤を、土方が軽く睨む。
「……自然解凍。それ、昼前までは凍ってると思うし」
できあいの冷凍食品詰めただけなのがバレたかな、と多少決まり悪く思っていると、近藤がようやく口の中のものを飲み込んだ。
「びっくりしたー。スッゲー冷たいの。でもうまかった。こっちは?」
言いながらカップに入ったきんぴらを一筋摘んだ近藤は、食べる前にその指先の冷たさから、こちらも冷凍と気付いたが、構わず綺麗に切り揃えられた摘んだごぼうを口に運ぶ。
「うまいよ」
「……そうか、そりゃよかった」
短くなった煙草の火種を灰皿で押し消していると、近藤は弁当の蓋を閉じ、丁寧に包み直した。
「玉子焼きはお前だろ?」
近藤の声が弾んでいる。綺麗に渦が巻けず、ただ折り畳んだだけの不恰好な玉子焼きになった。さすがにそれは一目で素人作と判ったのだろう。
「……マヨかけるの、やめといたし」
近藤の嬉しそうにニヤ付いた顔に、土方が照れて言い訳めいた言葉を口にする。
「うん」
近藤の目がますます輝いた。
「玉子焼き位なら見様見真似って思ったけど、考えりゃちゃんと見た事ねェし」
「うん」
早口でぼそぼそと呟いていた土方が、口を噤つぐむ。
「……」
黙り込んだ土方の肩へ近藤が腕を回し顔を寄せた。
「ありがと。昼、スゲー楽しみにしとく」
「……うん」
近藤の屈託のない声色にはにかみ、顎を突き出すように土方は小さく頷いた。

09.07.24




嘘吐き

「近藤さん」
 密かな声に、びくりと近藤は体を揺らした。
「悪ィ。……うなされてたから」
 小さな常夜灯の薄明かりに、穏やかな声でそう囁いた枕元に座る土方を見、近藤は大きく息を吐く。
「あー……」
 意味のない声を零し、額を擦れば、嫌な汗をかいていた。
「……じゃあ、な」
 トン、と近藤の肩をひとつ叩くと立ち上がろうとする。その土方の腕を近藤が掴んだ。
「俺、何か言ってたか」
 尋ねれば土方は座りなおし、「さあ?」と真顔になる。
「ああでも。「トシ、愛してる」って言ってたっけな」
 言われた近藤は布団に寝転んだまま土方を見上げていたが、その言葉に暫くするとぷっと噴き出した。つられたように土方の表情も緩む。
「トシ」
 ごろりと寝返りを打ち、手枕で土方に向き直る。
「歌ァ歌えよ。陽気なヤツ」
 楽しげにねだる近藤の頭を、土方が髪をまぜるようにして触れた。汗はもう引いている。
「バカ。何時だと思ってやがる」
 柔らかに咎める土方の手首を掴むと、近藤は自分の方へと体を引き倒す。
「起きてる俺に言わせてみろよ、ちゃんと」
 体勢を変え、腹の上に土方の体が乗り上げる形になった。
 胸の上に乗せた頭を持ち上げながら、土方がからかうように眉を上げる。
「何を? 「お前に夢中でしょうがねえ、トシ、どこにも行かねェで」って?」
「俺、そんなん言ってたのォ?」
 笑いながらも情けない顔を作る近藤に、土方がゆっくりと顔を寄せた。



09.08.19




30巻記念

「トシ。お前それ、腰に何付けてんのォォォ!?」
「何って…サラダ婆っていうか…。アンタこそその腕、まだ付けてんじゃねェかァァ!」
「これ便利なんだぞ」
 言うと近藤は土方へ近付く。近藤の額から不自然に突き出た腕は、くしゃりと土方の髪をかき混ぜるようにして頭を撫でた。
 確かに、ふわりとほのかなポン酢の香りが、した。
 しかし。
「やべェ…」
 無意識にそう口にすると、土方が抱えっ放しの腰の改造人間部分を見下ろした。
 覗いたサラダの顔は幸福そうに微笑んでいる。

 元は長谷川の腕であろうが、近藤に頭を撫でられているに違いない。なのに土方はそれを感じなかった。
 変わりにサラダの頭の中の映像が溢れてくる。

 盆の迎え火、送り火用にと近藤がきゅうりとナスに割り箸をさし牛や馬を作る傍ら、きゅうりに火を付けるサラダ。
 アスファルトに生えたど根性大根に涙ぐむ近藤、それを食うサラダ。
 ハロウィン用のお化けかぼちゃを持ち上げようと必死になる近藤、そのかぼちゃを馬車にしようとするサラダ。

 きらきらと輝く捏造された記憶に、土方の目が眩む。
 それに元は長谷川の腕とはいえ、近藤に頭を撫でられても土方には何も感覚がなかった。
 土方の皮膚感覚はすべて、サラダ婆に流れてしまうようだった。
「近藤さん! 今すぐ直すぞ!!」
 一声叫ぶと土方は近藤を促し、治療に走った。


09.09.11



 マスター×ラピュタ
「すみません。寝てました?」
 電話口で彼が言った。以前ふとした事から番号を交換してそれきりで、珍しい。というか彼と電話で話すのは初めてだ。
「いや。起きてたけど」
 こんな時間にと時計を見て、彼は今日、休みなのかなと思う。なら、俺が行かない日でちょうどよかった。一人で飲む為に行く場所だけど、彼がいないとつまらない。
 相手は、俺が週末ごとに通いつめる、バーのマスター。
「よかった。どうしたんですか、今日。現れないから心配で。一人で寝込んでたりしたら大変だなーって」
 彼の明るい声に、なんだか妙に人恋しくなっていた俺はどこかほっとする。
「べつに。ただ今日はちょっと行けなくて」
 いつも金曜日にはそこが俺の指定席だとばかりにカウンターに陣取って酒を飲む。その時、酒を作ってくれるのが彼だ。
「今ね、ちょっと休憩って抜けてるんです。店閉めてからだから12時半……は、回っちゃうと思うけど。俺、そっち行ってもいいですか」
 突然の彼の言葉に驚いた。
「なんで?」
「あなたが、一人で寂しいんじゃないかなって」
 軽い口調に恩着せがましさはなかったが、それこそなんでそんな事が判るんだ。俺が驚いていると、彼が核心を突いた。
「ラピュタ」
「え?」
 そのキーワードに俺がうろたえると、彼が続ける。
「今日、ラピュタ見たんでしょ? 金曜ロードショー。見終わって、寂しいんじゃないかなって」
「なんで判んの?」
 どこかで見られてるんじゃないかと、思わず背後を見回すが、勿論自分のマンションに誰かいる訳がない。
「あっは。ホントに見てたんだ。……酒、持って行きます。二人で飲みませんか」
「……俺んちで?」
「だって俺んち知らないでしょ?」
 確かに昼間、偶然マスターと出会い、彼は一度だけこの部屋にきた事がある。
「いい、けど」
 マスターの弾んだ声に、自分でも不思議な程あっさり答えていた。
「やった。じゃ、仕事終わったらまた連絡します。それまで寝ないで下さいよ?」
 そう言って切られた電話を暫く呆然と眺めていたが、こうしちゃいられない。掃除機はこの時間だからやめにして、それでも片付けくらいしよう。
 彼の、マスターの強引さに、ラピュタの放送が終わった時にいつも感じる寂寥感が霧散する。
 いつしか俺は、まるでこの日を以前から約束していたように彼を待つのが楽しくなってきた。


09.11.30