どんな子が好きなの


「お願い、魚住。ねっ?」
 自分の胸辺りまでしかない位置から見上げてくるクラスメイトの女子の言葉に、魚住は溜息をついた。
「だからそういうのは自分で聞けよ」
 仙道が入学してから三か月。インターハイには行けなかったが予選で神奈川ベスト4の快挙を成し遂げたのは、仙道の目を見張るような活躍があったからだ。
 学校中が騒ぐ気持ちは判る。だからといって『仙道くんの好みのタイプ』を自分に聞いてどうする。
 こうして女子にお願いをされるのは、何度目だろう。
「あいつなら、聞けば自分でちゃんと言うだろ」
「ばっか、私がそんなの聞いて、「髪の長い子」とか仙道くんが言えるわけないでしょ? それにもし言われたら、私どうすればいいのよ!? 可哀想と思わないの?」
 短い髪を揺らし睨み上げる女子の勢いに、魚住が息を飲む。
 ショートカットの女子を前にして仙道がそう言うなら、脈がないと諦めもつくだろう。さすがにそう口にするのは憚られた。
「でももしオレが聞いても、その、髪が長い子が好きって言ったらどうするんだ?」
「伸ばすのよ!」
 即答する女子に呆気にとられたあと、魚住は再び大きな溜息をつく。
「あのな、バスケ部は今やっと軌道に乗ってきたとこなんだ。アイツだってそれは判ってる。色恋沙汰でごちゃごちゃする訳にはいかんのだ。そういう頼みは聞けん」
「けち!」
 叫ぶ女子を尻目に、これ以上無理なお願いをされてはかなわんと、魚住は足早に部活へと向かった。


 部活のあと、フォーメーションの確認で残された魚住は、同じく居残りをしていた一年生の仙道の片づけを手伝った。その為に気付けば部室で、仙道と二人きりになっていた。
 先に着替えを終え、なんとなく仙道の背中を眺める。
 身長はあるが、自分のごつごつした筋肉と違い、仙道の背にはしなやかな筋肉がついている。なるほど、こういうのが女子にモテるのは頷ける。おまけに顔がいい上に、性格もいい。
 天は二物を与えずなんていうが、コイツはちょっと、神様に贔屓されすぎちゃいないだろうか。
 羨ましい。素直にそう思った魚住は、ふと、今日女子に言われたことを思い出した。
 こんな、なんでも持っているような男が惚れるのは、一体どんな相手なのだろう。
「その、ちょっと質問なんだが。仙道はどんなヤツがタイプなんだ?」
 何気なく尋ねた魚住を振り返った仙道は、少し驚いたように瞬きを繰り返した。
 マズイことを聞いただろうか。戸惑った魚住が沈黙をやぶる言葉を探していると、仙道はふっと眉尻を下げて微笑んだ。
「……いいですよ」
「ああ、すまん。その、突然変なこと聞いて」
 言いたくないのなら無理に言う必要は、と、ためらいがちに手を上げる魚住に、仙道はにっこりと笑う。
 その顔を見ていると、なんだか魚住の肩の力も抜けた。仙道の自然な気遣いに、いつも助けられる。
 優しい男だ。
 照れくさくて顔にこそ出せないまでも、魚住が内心そう感動していると、仙道はにこにこと帰り支度を終えた。
「うん。いいですって。でも、ここじゃなんだからオレんち、行きます?」
「ここじゃまずいのか?」
 誰もいない部室ですら用心して言えないのか。
 それとも「彼女はいない」と言っていたが、もしかして具体的に、誰か彼女がいると打ち明けられてしまうのだろうか。そうなったらクラスの女子に、明日からどんな顔で逢えばいいのか。そんな秘密を抱えてこの先、うまくとぼける器用な芸当ができるだろうか。
 怯む魚住に、仙道は軽く頬を染めた。
「え、ここでも、まぁ……駄目じゃないですけど、やっぱ、誰かきたらヤバいかなって」
「あ、ああ。そうか。そうだな。その、いきなりでスマン」
 これがモテ男の用心か。仙道の相手ともなれば、きっと周囲からなにかと注目もされるだろう。「いない」ということにして彼女を守ってやりたい仙道の心意気はなるほど、見事だ。
 オレが女でも、これは、惚れる。
 しかしそうなるとなおさら、ちょっとした好奇心程度の興味で尋ねた自分に、そんな大事な話をしなくてもいい。
「いいんです、べつに。行きましょう」
 及び腰になる魚住を促すようにして、仙道は一人暮らしだという部屋へ案内してくれた。
「お邪魔します」
 順番に手を洗うと、仙道は、着ている夏服のシャツのボタンに手をかけて、首を傾げて魚住を覗き込む。
「自分で脱いだ方がいいですか?」
「は?」
「あ、オレ魚住さんの脱がせたいな。風呂……シャワーならなんとか一緒に入れるかも。先に汗流しましょうか」
「オイ。なんだ。なんの話だ」
 向かい合い、こちらのシャツのボタンへと伸ばしてきた仙道の手を、魚住が慌てて掴んでとめた。
「あとの方がいいですか? 魚住さんの汗の匂いなら、まぁ、オレも平気……かな?」
 つ、と身を寄せ仙道が魚住の肩口へ顔を埋める。
「なっ、なんだ!? なんだ! なんだ!?」
 状況が判らないなりに、魚住は真っ赤になり叫んでいた。
「声デカイですよ。壁薄いんだから」
 困ったように笑う仙道の手首を握りしめたまま、魚住は二の句が継げずにいた。
 そんな、目を白黒させている魚住に、仙道が真顔になる。
「……あれ? 魚住さん、オレとやりたいんじゃないの?」
「なっ、にをだ……っ」
 咄嗟に上がる声量を必死で堪え、魚住は間近にある仙道の顔を見下ろした。
 からかっている様子はない。それどころか仙道自身が、多少なりともショックを受けているように見える。そのことに魚住はショックを受けた。
 まさか本気でコイツは、この男は、オレと。冗談じゃない。
「えー? だって、誘ったの魚住さんでしょ? そんな、その気にさせといて違うとか。ウソォ」
「いつ誰が誘った、馬鹿者」
「さっき部室で。「オレみたいなタイプはどうだ」って言ったじゃないですか。だからオレも」
「言ってない」
「ん?」
「オレはお前の好みのタイプを聞いたんだ。オッ、オレはどうだなんて、聞くはずなかろうがっ」
 誤解の元はそれか。
 耳まで赤くなった魚住が、やっと離した手首を軽くさすると、仙道は逃げようとする魚住のシャツの胸へそっと手を置いた。
「ええ? 一緒じゃないですか。好みのタイプ聞いてくるって、つまりオレが気になるってことでしょ?」
 仙道のもう片方の腕が魚住の首に回る。一旦そうして性的なものを意識してしまうと、仙道相手に魚住の鼓動が騒ぎだした。
「全然違う。落ち着け。オレはただクラスの女子がそういうことを気にしていてだな」
 やけに早口になる魚住に、仙道は落ち着きを取り戻したように微笑みかける。
「……それだけですか?」
「なに?」
「……当たってますけど?」
 思わせぶりに腰を擦りあわせられ、身を引こうとする魚住に、仙道が体全部を押し当てるようにして抱きつきなおした。
「こっ、これはお前があんまり近くて……っ」
「オレ、魚住さんみたいなヒト、タイプですよ。これでいいですか?」
 そう言って微笑む仙道を拒める人間が、果たしてこの世にいるんだろうか。
 仙道はスゴイ。
 とりあえずクラスの女子には朗報だ、ショートカットでもアリらしい。
 近づく仙道の長いまつげに見とれながら、魚住はぼんやりと、そんなことを考えていた。




13.2.17 UP

これがウチの初魚仙だなんて。

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