帝王くんと天才くん 「前から一度聞きたかったんですけど」 牧の部屋で一緒に、何をするでもなく飲んでいる合間に仙道がそう切り出した。 「帝王って呼ばれるのってどんな気持ちですか」 高校時代からの知りあいだったが、今は同じ大学のバスケ部に所属し、階は違えども学生用マンションまで同じとなって以来、牧は仙道と飲む機会が増えた。 仙道が本心を見せずに話すことには、牧も慣れた。 今も仙道は普段と変わらない顔をしているが、どこまでが素直な好奇心なのかが判らない。他人がいる場所ならともかく、二人でこうして飲んでいると仙道は、隙あらばからかおうとしてくる。 「お前も呼ばれたいのか?」 「まさか」 即答で否定され、やはり馬鹿にしているのかと思う。けれどそれも構わなかった。 どうせ酒の上での与太話だ。変に真面目な話をするよりも、場が軽く盛り上がればそれでいい。 「はじめはオレもなんだそれって驚いたけどな。大体最初はバスケと関係ない弾みでそんな単語が出たんだ。それをいつの間にかウチのバスケ部の一年生が聞きつけてヒトのこと「さすが帝王だ」なんて言い出して、気がつきゃお前、大真面目によそのやつらが帝王なんて呼びだしちまった。今更それは冗談でしたなんて言えねぇだろ」 小さく肩をすくめながらおどけて笑う牧へ、仙道は「そうなんだ?」と楽しげな笑みを向ける。 笑い話になればと狙って話したことを、素直に笑顔で聞いてくれる仙道の姿に、ちょっと嬉しくなった。 「でもまぁ、シャレでついたあだ名が一人歩きなんて格好悪いからな。自分はそう呼ばれるだけの努力をちゃんとしてるだろうかと思えば身が引き締まる。変なあだ名も悪い事ばかりじゃない」 「スゲー。それ、格好いい」 軽く目を見開いた仙道の顔にからかっているような様子は窺えない。 茶化されるのは腹立たしいが、素直に感心されると妙に照れてしまう。口を滑らせた本音の部分を笑われずに済んだことにほっとしながら、牧は間を持たせるようにグラスの酒を一口飲むと、おどけるように眉を上げた。 「それにな、高一の頃はあだ名が怪物だぞ、怪物。それに比べりゃ帝王ってのは少なくとも褒め言葉だろう」 その物言いに仙道が、ははは、と声を上げて笑う。 「怪物かぁ。そういや魚住さんも怪物って呼ばれてましたよ。魚住さんもあれで傷ついたりしてたのかなぁ」 小首を傾げた仙道が、懐かしい名を出した。高校でバスケットはやめたらしいが、あの風貌は忘れがたい。 「魚住は立派な怪物じゃねぇか」 わざと突き放すように言ってやれば、仙道が噴き出すようにして笑った。ここで笑うお前はオレと同罪だと機嫌をよくしている牧に、仙道が思いがけないことを言った。 「酷ぇ。魚住さんああ見えても結構繊細なんですよ」 「そうかあ?」 バスケット絡みでしかあったことはないが、容姿だけではなく、言動が実力に比べ、やたらと強気だった記憶がある。 「あいつ、押しが強いし生意気だったぞ」 「生意気」 なにがおかしいのか仙道は、牧の言葉を繰り返して笑った。 やがてグラスの酒を飲み干すと、仙道はどこか遠い目をする。 「でも、うん。そうですね。魚住さんはあだ名が怪物でよかったのかも。多分あの人が一番、怪物になりたがってたというか、そのくらい強くなろうとしてたから」 仙道の言葉に、ふうん、と牧が相槌を打つ。自分を倒すのは魚住自身ではなく、年下のエースである仙道であると言い切った、二メートルを超える巨体が思い出される。 言葉通りというべきか、口ほどにもないというべきか、魚住自身は審判に突っかかり早々に退場になった。だがその後の仙道の活躍は、なるほど、魚住が自慢したくなるのも無理はない出色といえるものだった。 地区予選で自分と争えるのは翔陽の藤真だけだと思っていた。高校最後の年、予想外の無名校湘北の活躍に藤真が消えたあと、今年は波乱はなしかと思った牧の脳裏に仙道の存在は、実際に対戦した一試合で、それまで以上に深く刻まれた。 空になった仙道のグラスに酒を注いでやりながら、牧が片頬を歪める。目の前で澄ました顔をした仙道にも、帝王ならぬ呼び名がある。神奈川でバスケをするものなら一度は仙道がそう称されるのを聞いたことがあるだろう。 「で?」 この男は自分の中でその称号をどう消化しているのだろう。納得していないからこそ、自分に、どんな気分かなどと尋ねてきたのだろうか。他人の評価と自身の姿のギャップに戸惑うことは、牧にも経験がある。 そう思えば可愛げがある。抑えようとしても口元が緩む。 「なんです?」 仙道が質問をのらりくらりとかわすのは、とぼけているだけだと今では牧も承知していた。その部分をあえて追い詰める。それはいい酒の肴になる。 「天才って呼ばれるのはどうなんだ?」 笑みを深くする牧に、仙道は大仰に眉を上げ、目をぱちくりとさせた。 「どうってそんな、もったいないお言葉ですねと。光栄ですよ」 「殊勝ぶんなよ」 たまらずあははと声を上げて笑う牧に、仙道は軽く唇を尖らせる。 「えー? オレの事なんだと思ってるんですか」 その顔が牧のいたずら心をくすぐった。 「天才だろ?」 グラスの氷をカラカラと鳴らしながら笑う牧を、仙道が拗ねたように見つめる。 「……牧さん、オレのこと嫌いでしょ」 「オレが? お前を? とんでもない。お前さえその気なら……どうする、お前、なにがしたい?」 「酔っぱらいとしたいことなんて、ご機嫌で笑うこと以外にありますか?」 しょうがないなと諭すように笑う仙道の言葉に、それもそうだと牧も噴き出した。 |
13.5.24 UP 日常話。 |