仙道と村雨とちょっと牧


「陵南の仙道さんですか? あの、握手してください!」
 休日、待ち合わせた駅前に立つ仙道に、高校生らしき二人組の女の子がそう言って声をかけてくる。
「あの、私たちも実はバスケやっててそれで」
「男子は陵南応援してるんで頑張って下さい!」
 緊張気味に上ずった声を出す女の子たちと握手をしながら、仙道がにっこり笑う。
「ありがとう」
 それだけのことで彼女たちはきゃあと歓声をあげた。
 ただでさえ人通りの多い駅前で、背の高さだけでも目を引くところに、そんな黄色い声が加わり、周囲がちらりと視線を投げる。
 通りすがる人々の無遠慮な視線には慣れていたが、仙道は少し困ったような笑顔を浮かべた。
 待ち人がこない内は、この場を勝手に離れる訳にもいかない。
 どうしたものか。
 早く相手がこないかと顔を上げると、背後から男の声がした。
「おい。お前、仙道だろ」
 いかにも柄の悪そうな、オールバックを軽くリーゼント風にセットした男が、仙道を少し下から睨み上げている。
「えーと」
 誰だっけ。どこかで逢った人だろうか。
 考えながら軽く瞬きを繰り返す仙道を横目に、二人組の女の子たちは「それじゃあ」と口の中で呟くと、さっと雑踏へ紛れて行った。
 動くものに目を引かれるようになんとなく流れでその背を見送り、内心ほっとしたところに男がもう一度声をかけてくる。
「三浦台の村雨だ。知らねーのか」
 三浦台。どこだろう。地名だろうか。判らないまま仙道は軽く頷くようにして素直に謝った。
「すいません」
「ふん。まあいいや。いいのか、仙道。こんなとこで女とチャラチャラしやがってよぉ」
 あ、どうしよう。この人も面倒な人だ。折角女の子たちがいなくなって、助かったと思ったのに。
 そんな内心は表に出さず、仙道はじっと村雨を見下ろした。一体なんの用だろう。
「オレは今年こそ海南倒してIH出ようと思ってたんだよ。それだけの練習はしてきた。陵南なんざ目じゃねぇ。ウチのライバルになるのはせめてあと翔陽くらいだろうってな」
 得意げに話す村雨の言葉に仙道は、とりあえず相手が高校バスケの関係者であると判り、黙ったままで軽く首を傾げた。
 馬鹿にされているのだろうか。この状況はやはり絡まれているということか。それにしても知らない顔だ。海南や翔陽に次ぐような学校の選手なら、いくらかなりと記憶にあってもいいだろうが、まったく覚えがない。
 相手がなにを言いたいのかを見極めようとじっと顔を見ていれば、村雨は仙道の視線に気づいたように軽く口を歪めて笑った。
「でもな、決勝でお前らの試合見て驚いたよ。牧相手に個人で互角に争うヤツってのをオレは初めて見たぜ。お前、スゲーよ。本物だ」
 今度は一転褒められる。軽く戸惑いながら仙道も、口元に笑みを浮かべた。
「どうも」
「冬こそは常勝海南、ぶっつぶしてやってくれよな。牧のヤツ、どうせ冬まで残るんだろ?」
「さあ、どうなんでしょう」
 この話、長くなるんだろうか。早くこないかな。もうそろそろ待ち合わせの時間だと思うんだけど。
 周囲にちらりと目を走らせた仙道に気づくこともなく、村雨はポケットへ手を入れた。
「あ、そうだ。さっきそこでもらったんだ。コレやるよ」
 そう言って村雨が差し出したのは、ファストフードの割引クーポン券だった。
「オレら普通の三年はもう引退だからよ。いっぱい食って次こそお前らが海南倒してくれよな。じゃあな、頑張れよ!」
「頑張ります」
 ぽんぽん、と気安く仙道の二の腕辺りを軽く叩くと、村雨は去って行った。
 一体なんだったんだろう。
 まぁいいかと仙道が渡されたクーポンに目を落とした時、待ち合わせていた牧がちょうど現れた。
「悪い。遅れた」
 腕時計を見て軽く手を上げ牧が謝る。待ち合わせの時刻は確かに少し過ぎていた。
「大丈夫ですよ」
「さっきなんかお前、柄の悪そうなのに絡まれてなかったか? お前目立つからいるのはすぐ判ったんだが、信号が変わらんので苛々した」
「ああ。見てたんですか? なんかね、オレのファンですって」
 多分なんかそんな感じ。よく判んなかったけど。そう言って微笑む仙道をからかうように、牧は片眉を上げた。
「ふうん。物好きもいるもんだな」
「あ、ひっでー。そうだ、牧さんハンバーガーって食います?」
「あれば食うが。珍しいな、食いたいのか?」
「いえ。ほとんど食うことないんですけど」
 腹いっぱいになるまでハンバーガー食おうと思うと、結構金かかるでしょ。軽く肩をすくめると、仙道はもらったばかりのクーポン券を牧へ見せる。
「いります?」
「ん。お前、飯は食ったのか? 先にメシ食ってから行くか?」
「いいですよ。でもハンバーガーじゃなくてもいいかな」
「そうか。だったらオレもそれはいい」
「そうですか」
 牧にも受け取りを拒否されたクーポン券に、仙道は軽く唇を押し当てると、ちょうどあったゴミ箱へとそれを捨てた。
「なんだそれ」
「え? 牧さん、いるんでした?」
「いや。そうじゃなくてお前、今キスしてなかったか?」
「ああ。だってオレも使わねぇし。折角オレにってくれたんだから、ありがとねって」
「お前、普段からそんななのか?」
 そんなってなんですか、と仙道が不思議そうに牧を窺いながら言葉を続ける。
「いいんです。気持ちは受け取ったし。……なんかね、さっきの人、牧を倒せってスゲー言ってましたよ?」
「なんだそりゃ」
「さぁ? で、メシどこ行きます? オレ、いっぱい食って牧さん倒せって期待されてるらしいんですよ、さっきの人に」
 よく判んない人だったけど、と既に記憶から薄れた人物のことを思い出しながら仙道は、並んで歩く牧を眺めた。
「オレと大食い競争でもしようってか?」
 楽しそうにとぼけてみせる牧に向かい、仙道がにっこり笑う。
「食い意地でも負けません」
「自慢になるか!」
 仙道のあまりの言い分に、あはは、と声を出して牧も笑った





13.3.29 UP

牧仙・宮仙・森仙ときたのなら、マ行の男シリーズだ、と頑張って村雨にチャレンジ。
うむ。村雨妄想はこれが精一杯。

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