陵南BC

「仙道があんな奴だとは思わなかった」
 部室から聞こえた越野の声に、魚住は扉を開けようとしていた手をとめた。
「まぁ……な。でもなんか、そんなとこも一晩寝て落ち着いてみれば、アイツらしいっていうか」
「アイツらしいってなんだよ! そんなの……全然仙道じゃねぇよ……っ」
 諦めたような植草の声に被せるように、越野のきつい声が響く。
 部活が終わった後、魚住と池上は田岡に呼ばれ次の練習試合についての話を聞いてきた。掃除の一年生たちもとっくに帰っただろう時刻になっていたが、未だ明かりが消えていない部室が気になった魚住と池上が見にきてみれば、この声だ。
 池上と魚住は顔を見合わせると、どちらともなく扉に影が映らないようその場にしゃがみ込んだ。
「アイツは……物怖じしねーから」
 室内から聞こえるのは福田の声だ。どうやら仙道以外の二年生が三人で、仙道について話しているらしい。
 口の前に人差し指を一本立てて、静かにしろと合図をしながら聞き耳を立てている池上につられるように、魚住も体をさらに縮めた。盗み聞きは性に合わないが、今更なんだか出て行きにくい。
「いくらアイツが天才でも、オレはあんなの許せねぇ」
「だからってオレたちに何ができんだよ」
「アイツがそれがいいって言うなら、とめることはできない」
 漏れ聞こえる声からすると、怒る越野を植草と福田がなんとか宥めているようだ。
 どうしたものか考える、しゃがんだ魚住の足が痺れてきた。見れば池上も同様のようだ。
 さっと立ち上がると池上は、腿の辺りを軽く撫でながら部室の扉を開いた。魚住もつられたように立ち上がり、中を覗く。
 驚き、目を丸くした越野が次の瞬間、意を決したようにこぶしを握った。
「魚住さん池上さん! ちょうどいい。……聞いて下さい、仙道、アイツッ」
「駄目だ越野」
「なんでとめるんだ!? いいじゃねぇか、この際魚住さんや池上さんにも知ってもらった方がっ」
「魚住さんが、嫌がる」
「そう、だ。そうだよ。こんな話、魚住さんが一番嫌がるって、お前だって……判るだろ!?」
「あっ」
 植草と福田にとめられて、越野は俯くようにして口をつぐんだ。
「……すみません、魚住さん。なんでも、ないです」
 言葉を濁し俯く二年生たちに、池上が近づく。
「オイオイ。そりゃねーんじゃねーの。気になんだろーが。なんだ? 魚住に言えねーってならオレには言えんだろ? ん?」
 越野の首に腕を回し、池上が耳を寄せる。その様子に魚住は、ごくりとつばを飲み込んだ。
 自分が一番嫌がる話題とはなんだろう。仙道に関して。バスケのことしか浮かばないが、どうも雰囲気からするとプライベートでのことのようだ。
 妙な緊張感で高鳴る鼓動を抑えつつ、魚住もそっと耳を澄ます。
 聞こえてきたのは、越野のどこか悲しげな声だった。
「アイツ、アイツ……っ。タ、タン塩を、タレで食うんです……!」
「……あ?」
 予想だにしなかった言葉に、池上がぽかんと口を開ける。
「タン塩ですよ!? いや、間違えたなら判る。百歩譲って、他の人間ならそれが好みだって言われても、オレだって判るんです。でも仙道ですよ? あのレモン食いの仙道が、タン塩をタレで食うなんて……っ」
 なんの冗談だ、と見回すと、福田と植草も俯きがちに目を伏せている。漂うシリアスな空気が、どうやらふざけているのではないのだと魚住に教えてくれた。




13.2.7 日記にUP

仙道のいない仙道話。
このあと池上さんが「…それがどうした?」って聞いてくれると思う。
自分は、仙道には悪食のイメージがないので、本当はちゃんとタン塩はレモンで食ってると思う。
この時はきっと「もうどうにでもなれ」とかヤケになってたんじゃないですかね、仙道さんも。
「オレなんて…」と内心ぐれながらタン塩をタレで食う仙道は、悪い奴だぜ…!

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