陵南バスケ部で「萌え」


越野が部室の扉を開けると、既に集まってきた何人かが、ぎゃあぎゃあと今日も騒いでいる。
「似合わねー! それがどうしたって感じ!」
ひゃはは、と笑う二年生が、入ってきた越野に気づいた。
「お、越野いいんじゃね? なぁ越野コレ持って「お前の為に持ってきたわけじゃない」って言ってみて?」
使いさしのコールドスプレーの缶を渡された越野は、また下らねぇことで盛り上がってやがると思いつつ、反論するのも大人げない気がして、荷物を置くと素直にそれを受け取った。
「はい。お前の為に持ってきたわけじゃねぇけど」
言われた通り繰り返しただけの言葉に、周囲は「おおお」と妙な盛り上がりをみせている。
「それだよ越野! お前は正しいツンデレだー!」
騒ぎの中心人物が、握りこぶしを上に上げ、ガッツポーズで打ち震える。その大げさな反応に周りも笑った。
「なんだよ? なんの話だ?」
自分だけ話が見えないことに焦れ、越野が眉を寄せる。
「なんかあいつ、ツンデレのゲームってのにはまったらしいよ」
苦笑しながら教えてくれる植草に、越野は「ツンデレぇ?」と呆れた声を出した。
「だって福田だと」
言って福田にコールドスプレーが渡される。
「…お前の為に持ってきたんじゃない」
重々しく口を開いた福田のセリフに、場の空気が少し大人しくなった。
「な!? 福田だと「あ、そうですか」としか言えねーんだよ! 仙道もホレ」
回ってきたコールドスプレーを、仙道がにっこり笑って差し出しかえす。
「お前の為に持ってきたんじゃないから」
「だぁぁ! な!? 「じゃあなんで俺に渡すの」ってなるだろ? そこには萌えがねぇんだよー!」
一人で騒ぐバカ発言に、部室に笑いがあふれる。
「オレでもその、萌えってよく判んないんだよね」
植草のセリフに、着替えながら越野は「そりゃあれだよ」と言ったあと、どう説明したものか、自分でもその言葉をよく理解していなかったことに気づいた。
「なんだろうな? つまり、それに興奮するとかグッとくるとか? そういうことじゃね?」
越野の発言に仙道が、ああ、と大きく頷いた。
「つまり魚住さんのダンクは萌え?」
なにか違うような気はする。けれど「萌え」という言葉について、否定できるだけのイメージがない。
「萌えだよ」
うんうん、と自分を納得させるように頷く越野の隣で、福田も何事か頷いている。
「オレも今日、萌えなダンクをする」
「萌えなダンクを!?」
どこかおかしな言葉の響きに、部室は笑いに包まれた。





13.7.7 日記にUP

陵南バスケ部は今日も平和です。

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