螺旋の迷路 



 ようやく少し涼しくなったかと思えば残暑がぶり返した九月半ば。
 森重の部屋へ訪れた仙道は「暑い!」と宣言するように言い、ごろりと畳へ横たわった。
 部屋にきたからにはその気なのだろうと伸ばした手をぴしゃりと振り払われ、森重は大きく溜息をつくと間が持たないとテレビをつける。
 部屋に似合いの小型のテレビからは賑やかな声が溢れている。なにかないかとチャンネルを変えたが、特に見たいものもない。騒ぐ声の耳障りさに、森重は結局テレビを消した。
 部屋の隅に畳んでおいた布団に背をもたれ掛かるようにして、森重も軽く横になる。
 扇風機がぬるい風をおくる中、真夏に比べればこれくらい、と目をつぶった森重に、仙道の声がかかる。
「なぁ。遊んで」
「んん……?」
 なんだ、と目を開けた森重がそちらを向くと、仙道は畳の上で体をくの字に曲げながら、こちらへと手を伸ばしている。
「やんのか」
 その手を掴み、森重はずるずると仙道の体を引き寄せた。
「やんない。暑い。無理。でも退屈。なんか遊んで」
 森重の腹に頭を載せられた仙道が、されるがままに体から力を抜きながらそんなことを言う。
 本気で嫌がる時仙道は、こんな隙を見せない。のしかかりシャツを捲り上げればこのまま、文句を言いながらも抱かせてくれるだろう。
 だがなんとなく森重にも、今日はこのままでもいいかと思えた。
 不思議と穏やかな気怠い空気を壊したくない。暑いせいで億劫なんだと自分に言い訳するように考えると、森重は仙道の首を抱くように腕を回す。
「遊ぶってなにすんだ」
 仙道の首筋から顎、頬や鼻、唇をそっと指先でなぞりながら、天井を向いたままで森重が尋ねた。
 存在を確認するように静かに触れる森重の手のひらを取ると、仙道はそれを開いては閉じ、手慰みに指を絡める。
「んー。なんだろ。判んねーけど。楽しい話して」
「……ねぇよそんなん」
「なんで。なんかあんだろ、一個くらい。……ああじゃあ、なんでオレが好きなのかでもいいよ。言って。お前、なんでオレなの?」
 その言葉で森重の握られた手に、ぴくりと力が入った。
「……あ?」
「なに。だってお前、オレのこと好きだろ。それってなんで?」
「そんなこと……」
「えー? まだとぼけんの? いいけどね、オレお前のそういうトコも好きだから」
「す、っ。……そういうんじゃねぇだろ」
「なにが? ああオレから言おうか。お前の好きなとこ。好きなとこねー。んー。デカイとことー」
「違っ、あんたはっ」
 慌てたように体を起こす森重の腹から零れ落ちた仙道が小さく抗議の声を上げる。
「わっ」
「あんたの言葉は、信じねぇ」
「はっはー。ひっでぇな。でも、うん。いいよ。オレ、お前のそーいうとこも好きだから」
 仙道のそんな物言いに、森重は言葉を探したが見つからず、むっつりと黙り込んだ。
「あとね、そーだなー。オレのこと好きなとこも結構、悪かないねぇ」
 畳に転がされても、めげるどころか却って楽しげに天井を見上げ、下らないことを呟く仙道に腹が立つ。
「じゃあ、いいのか」
 布団の山に顔を半分うずめながら森重は仙道へ目をやった。
「ん?」
「あんた、オレが……」
 好きだと言やぁ逃げんだろ。そう言いかけて、開いた口を閉じる。
 言葉で自覚はできずとも、漠然とだが理解していた。この得体のしれないおかしな男に、本当のことを告げてしまえば、きっとコイツは自分の手の届かないところへ逃げ出してしまう。
 それは、不思議な確信だった。
 小さく息をひとつ吸うと、森重は仙道の上にゆっくりとのしかかる。
「じゃあ、するか。あんたオレが好きなんだろ?」
 そんな気もなかったが、仙道と二人でいてすることなど、他に思いつかない。
「やだよ、暑いって。どーけーよー」
 笑いを含んだ仙道が、両手で自分の体を押し返す。
 自分は一体どうしたんだ。いつも澄ましたこの男が、苦痛に顔を歪めるさまが見たいと始めた関係ではなかったか。
 ちらりとよぎる考えを封印するように森重は、仙道へと唇を重ねた。





タイトルはMOON RIDERS「Rosebud Heights 」の
薔薇のつぼみの螺旋の輪に 抱かれて ってフレーズから。
仙道は、薔薇のつぼみの螺旋の迷路。
…正気ですよ?

13.09.15.UP

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