被食者の憂鬱  麻呂さま作



何を血迷ったのか、牧さんに好きだと言われた。
恋愛的な意味でだ、とご丁寧にも注釈付で。
でもまあ、びっくりはしたけど別にキモチワルイとかもなかったし嫌じゃなかったし、この前付き合ってた彼女と別れ話がこじれて当分女はいいやって思ってたとこだったし、何より俺も牧さんと一緒にいて楽しかったから、いいですよって答えた。

かくしてオツキアイが始まった訳だが、始まってからはたと気が付いた。
牧さんとオツキアイって、一体何をどうすりゃいいんだ?

休みの日とかに二人で会って、1on1したりどっか行ったりメシ食ったりでいいんじゃねーかな、と思ったけど、それって今までの付き合いとどう違うんだ。強いて言うなら頻度くらいか?
女の子相手ならデートになるだろうけど(まあ1on1はともかく)、男同士じゃただの仲のいい友達じゃねーの?
女の子と付き合ったことはそこそこあったし、デートとかそれ以上のことにも慣れてる方だと思うけど、牧さんにも同じようにするのか?と考えると、それはそれで違和感が半端なかった。

考えたってわかんねぇモンはしょうがない。言い出しっぺの責任を取って、牧さんにリードしてもらえばいいやと結論付けた。わざわざコイビトになりたいと言ったのは牧さんなんだから、だったら牧さんがちゃんとそういう風にしてくれればいいじゃないか、と。周囲からよくいい加減だと言われる俺なんかより、牧さんに任せといた方が間違いないだろう。
…と、すっかり丸投げした俺だったが、それはそれで問題が発生した。
せいぜいが『親しいライバル』だった今までから、コイビトになったということは、単にポジションが変わるってだけじゃなかった。当然アプローチの仕方も変わってくるんだと、俺はうっかり見落としていた。

今までと違う風に近付いてくる牧さんは、なんか……正直に言って、怖かった。

牧さんの名誉のために言っておくと、別に強引に迫られただとか、自分のペースばかり優先されただとか、そういうことは一切なかった。むしろ、お互いに経験がない男同士でのオツキアイに、かなり気を使ってこっちの様子に合わせてくれてるのがよく分かった。『ライバル兼他校の後輩』だった頃の方が、よっぽどぞんざいな扱いだった。
それなのに怖ぇ。俺を見るその視線すらも。バスケの試合中はこんなモンじゃなく、それこそ取って食われそうなギラギラした目で睨まれてたし、そんなのに一々ビビったりしなかったのに。
でも今は、俺は牧さんが怖かった。理屈じゃなく、本能的な部分で。

怖いから、逃げたりかわしたりはぐらかしたりして、なんでもないように振る舞ってた。でも伸ばされる手をさりげなく避けたりして、家に帰って一人になると、胸の辺りがスースーして落ち着かなくって。
どうしていいのか分かんねぇ。
嫌じゃない、一緒にいたい、でもなんだか怖い。
いっそのこと、コイビトじゃなくて元通りの関係に戻った方が、よっぽどフツーに仲良くできるんじゃないかって思ったけど、いざ牧さんの顔を見るとそれを言い出すこともできなくって。


付き合って(…と言えるのか自信がないけど、まあ告白されてから)1ヶ月経った頃、牧さんが手に入れたというNBAのビデオを見ようって話になって、俺の部屋に来ることになった。
それ自体は初めてでもなんでもなく、コイビトになる前から何度もあったことだった。
でもその日は、試合中もかくやという迫力を背負った牧さんに、有無を言わさず壁際に追い詰められた。
なんか怖い顔して手ぇ伸ばしてくるからビビっちまって、とっさに逃げようとしたところを捕まって両腕で抱きすくめられた。
今まで以上の本能的な恐怖で体が震えた。思わず暴れようとしたら「動くな」って耳元で低い声が告げて、ガチガチになって硬直した。

どれくらいそうしてただろう、しばらくしてそーっと背中を撫でられて、そしたらなんだかちょっと力が抜けた。背中を撫でる手の動きに合わせて、そろそろと息を吸って吐いてみる。俺の硬直がとれるのにつれて、逃がさないと言うように抱きしめていた腕の力が抜けて、しっかりと包み込まれるような抱擁へと変わった。
牧さんがどんな顔をしてるのかは見えなかった。目だけ動かして見えた首筋も腕も相変わらず見事なサーフィン焼けで、人一倍デカイ俺を抱いてもびくともしない鋼の肉体は、羨ましくなるような男の理想だ。
俺より少し背の低いその体に、恐る恐る寄りかかってみる。ただ黙って受け入れてくれた牧さんに、思い切ってその広い背中に手を回してみたら、
「……それでいいんだ」
って静かに言われた。
なんだ、ただ力抜いて受け入りゃよかったんだって分かって、すごくホッとしてちょっと涙が出そうになった。

それで気付いた。
俺はただ牧さんが怖かったって訳じゃない。
『知らなかった』ことが怖かったんだって。
だって今まで付き合った女の子たちは、みんな俺より小さくてか弱くて柔らかくて、俺に何かを『してほしがる』側だったから。こんな風に俺より強くて、何かを『したがる』相手から迫られるなんてのは知らなかったんだ。
自分を無防備に明け渡すのって怖ぇもんなんだな。
…なのに、自分より強い腕に身を委ねきってることにドキドキしながら、どこか安心感みたいなものもあって。

どうもこのままこのヒトに深入りしちまったら、いつもの俺じゃいられなくなりそうな予感がひしひしとしてるんだけど。
それでもいいかもって思わせる辺り、『帝王』は伊達じゃないってことだろうか。





2013/7.11 UP

麻呂さんが、牧仙書いたんですが、とおっしゃるのを速攻嗅ぎつけて
麻呂さんちのサイトはノンケだからウチに飾りましょう! と、強奪。
もうこの仙道の純情、帝王の逞しさ、たまらんものがあるじゃないですか!
もー可愛い可愛い可愛い。
天才の不器用さというものも、いいものですね…!
大興奮。
麻呂さん、飾らせて下さり、本当にありがとうございます!

そんな麻呂さんのサイトはこちら。
FOR NO ONE」さんです。



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