オフ本006 焼芋 より 青空の人・1 年も明け、松の内も明けはしたが、廃刀令の煽りを食らって剣術を習いにくる門人もおらず、ただただ食客といえば聞こえのいい居候達が日雇いの仕事が入るのを待ちながら各々好き勝手に過ごしている近藤の道場兼ボロ屋敷に威勢のいい声が響く。 「おーい。帰ったぞー!」 昨日から泊まりで行っていた江戸から戻った近藤だった。 晴天続きのお昼前、足を洗うのもそこそこに、張り切って迎えに出た総悟の頭に手を一つ置くと、近藤は「ただいまっ!」と顔を輝かせる。 囲炉裏の部屋でなけなしの味噌を溶き土方が汁を作っていたが、主の帰還となにやら機嫌のよさそうな声に、よその部屋からも居候の男達が集まってきた。 暮れには暇に飽かせてしっかりと大掃除をした屋敷は、ボロとは言えど清潔で、貼り直した障子越しに入る冬の日差しや空気が清々しい。気質が明るく若い道場主の近藤は、その面倒見のよさから自身も金がないくせに、住む部屋位はあるからよ、とこうして、ならず者になるには惜しい腕を持った同年代の男達を住まわせていた。 「あのな! 今度幕府が特別武装警察ってのを作るんだってよ!」 気を利かせた男の一人が注いだ水を飲み、おお冷たいと囲炉裏に手を差し出しながら、近藤はそれでも上気した顔で皆を見渡す。 「特別……何? 警察?」 訳は判らないものの顔を綻ばせた近藤につられ、土方の口元にも小さな笑みが浮かんだ。 他の男達が、近藤さんが帰ったんなら丁度いいや飯にしようと言い出し、皆でとにかくまず食事の支度をする。 別の鍋で少しでも腹が膨れるようにと伸ばして、七草の内のいくつかをせめてとぶち込んだ飯と、申し訳程度に豆腐の入った味噌汁を椀に盛った。 「芹と大根葉は俺が摘みやした」 大晦日にはあちこちの掛取りに金を払い、正月用にとさすがにちょっと奮発して、餅と酒を買った。その結果が小正月の間は日雇いすらない現状でのこの食事だったが、漬物すらない食事で、場が辛気臭くでもなられちゃ堪らねェと、沖田はわざとそんな事を自分の手柄のように言い、胸を張る。 「そっか、旨そうじゃねェかってか大根葉って大丈夫!? 勝手に生えてるモンじゃないでしょそれェ! ちゃんと断って貰ってんのォ!?」 出汁の味も怪しいような味噌汁だったが、昼飯なんざしょっぱきゃいいんだと普段笑っている近藤が、焦って叫んだ。 「大丈夫、あの筋は間引き予定だって土方の夢枕で仙人が」 「オィィイ! 何勝手に人の夢枕に悪仙人立たせてんだァア! どうせなら育った大根本体貰って来いやァ!」 「聞きやしたかィ近藤さん? 未成年にコイツァ立派な犯罪教唆ですぜィ」 「犯罪なの!? やっぱり総悟黙って葉っぱ取ってきちゃったの? どこの畑よ詫びてくるぅ!」 言葉通り今すぐ立ち上がろうとする近藤に、沖田はぷっと吹き出した。 「大丈夫、七草も粥の日が過ぎりゃァただの葉っぱだ、鶏にやるんでって言やァ簡単に貰えやしたぜィ」 変わりに収穫ん時にゃ道場総出で手伝えって言われてんですけどねィ。そう付け足すと沖田は、あっという間に空になる鍋を浚った。 常と変わらない賑やかな食事風景に、「俺達ゃトリかよ」「トリより悪ィや、玉子も産めねェ」等と周囲の男達が声を上げて笑う。土方と沖田の掛け合いはいつもの事だが、近藤がいるといないでは活気が違った。いない場合は下手をすると一気に二人の間の空気が険悪になる。 |