青空の人・2

「それで特別警官が何だって? また下らねェ御触書でも出したかよ?」
 食事を済ますと、茶葉だって勿体ねェとそれぞれ飯茶碗に白湯を注ぎ飲みながら、居候の一人が、近藤に尋ねた。
「それよ」
 胡坐をかき、近藤がぐっと身を乗り出す。
「江戸で役所に寄った時に立て看板見つけてよ。募集! 心身頑健、質実剛健……なんだったかな」
「純情可憐?」
 しれっとした顔で混ぜっ返す沖田に、敵わねェと苦笑しながら、近藤は「とにかくさ」と言葉を続けた。
「その看板によりゃ警察官募集、って事らしいんだ。それも岡ッ引や同心たァ違うらしい。腕に覚えのあるものを集めて、今でも攘夷だなんだって言ってる不逞浪士から江戸を守る武装警官なんだってよ」
「武装警官」
「ああ。洋式銃や天人の武器もいずれ扱うらしいんだが、まずは剣技に優れた者、だそうだ。勿論武装警察だ、帯刀許可も出る」
 その場にいた皆、帯刀許可の言葉にわっと浮き足立った。
「凄ェじゃねェか。報酬は?」
「バカヤロ報酬なんざ構うもんか、とにかく俺ァ剣が振りてェ」
「天人の武器ってなァ一体なんでィ?」
 口々に思いついた事を喋り、近藤を質問責めにした。
「報酬は、かなりイイ。……てか、あのな、こっから本題なんだけどよ」
 一旦言葉を切ると近藤は真顔になり、背筋を正す。
「それをするにゃァ江戸で暮らす事になるらしい。江戸を守れってんだからそうなるわな。その為の屯所は既に建設中だそうだ。でな、帯刀できて、給料もいいんだコレが。つまりそれだけ危険が伴う、って事らしい」
 ぐ、と口を引き結び、近藤が一同を見渡した。意味を噛み締めるような沈黙が訪れる。
「……表立って、刀、持てんだろ?」
 妙に座った目を煌かせ、土方が口火を切って低く尋ねた。なぜだか近藤は、その様を懐かしいと思う。
 コイツがこんな目をしてた、ありゃァいつだった。見た事がある。昔。あれは。
「あァ」
 簡潔な近藤の相槌に、土方は片方の口角をにやりと上げた。
「上等だコラ」
「……喧嘩じゃねェって」
 目を細め、思い出したと近藤も表情を緩める。
 廃刀令が下る前、多少は控えたとはいえ、土方はまだしょっちゅう喧嘩を売られ、こんな顔付きをしていた。
「まァ、そうだな。迷う事ァねェかもな。危なくなんざなくたって、ここでこうしているだけじゃ、近い内におまんまだって食い詰めて日干しだろ?」
「違いねェ。残兵よりもお前の胃袋のがどんだけ危険か判りゃしねェよ」
 それぞれ事情は違えども、元々身軽な男達だ。今だってこうしてうだうだと、道場から出ても行かずに取り合えずと腹の虫を誤魔化しながら笑っていられるのは、独り者ばかりで無くすものがないからだった。
「で、近藤さんはどうするんでさァ?」
 沖田には少し年の離れた姉がいた。終日道場に入り浸ってはいたが、晩には姉の待つ家へときっちり帰る。この場で近藤の屋敷に寝泊りしていないのは、一番年若で一番近藤との付き合いが長く、道場で一番腕の立つ沖田だけだった。
 沖田にだけ、待つ人がいるのだ。
 こうして自分を慕う人間に囲まれ笑って暮らしていても、近藤にも既に家族と呼べる者がいない。
 剣術道場の宗家に生まれはしたが、攘夷戦争で両親を失くし、一旦は息子である近藤の父に師範代を譲った祖父の元で育てられた。それこそ祖父の代には、攘夷戦争やそれにまつわるゴロツキだと世相が不安で門下生も多くいたらしいが、肝心の働き盛りの男達が減り、戦が終わった頃には剣術を習うよりもまずやるべき事が増えた門人は、櫛の歯を挽くように抜けていった。加えての廃刀令で、ここだけじゃなく、各地で剣術道場というものは閉鎖に追い込まれている。
「明後日面接と、実技で試験があるらしい。俺はな、行こうと思う」
 その試験に合格すれば、江戸へ。
「面白ェ」
「面通しだか実技だかしらねェが、いっちょやろうや」
「バカオメー面通しじゃなくて面接だろォ? そーゆートコで学がねェのがバレんだよ」
 笑う男達の中、沖田は珍しく真剣な顔で近藤を見た。
 近藤のいない道場に意味はない。そもそも現在、道場として機能していない。
「……連れてって下せェ」
 姉の顔がよぎり、沖田は瞬間土方を睨み付けたが、視線を近藤に戻した。
「おう。まァなんと言っても明後日合格してからだしよ。総悟は、ミツバ殿にもちゃァんと話とけよ?」
 なんなら俺からも言ってやろうか。そう足してやれば「勘弁して下せェ」と沖田は片頬を歪める。
「万が一にもその試験って奴に落ちちまったら、俺ァみっともなくって姉上に顔合わせ辛くなりやすぜィ」
 それがどこまで本音なのかは判らなかったが、近藤は沖田の明るい口調に「そりゃ何とも受かんねェとなァ」と調子を合わす。
 とにかく今できる事はなんだと高揚した男達は、そりゃァやっぱり稽古だろうと全員で立ち上がった。




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