青空の人・9

「そりゃ負けねェよ」
 呟き、更に言葉を繋ごうとした時、場にざわめきが起こった。
 キーンと耳をつくハウリングの音に壇上を仰ぎ見る。大きなサングラスをかけ、髪を後ろに撫で付けた男が拡声器を持ち立っていた。
「えー皆さんには今から殺し合いを……」
 集団を前にすると取り合えずそうしてボケる事に決めているのか、使い古された言葉を言い切る前に、集まった浪人達が野次で話を遮る。
「いつの時代だァァ」
「古ィ! 冷蔵庫の奥でいつの間にかカビ生えてるとろけるチーズより古ィィ!」
「望むところでさァ! 覚悟しやがれシティボーイ!」
 中に混じる聞きなれた語尾に、近藤がぎょっとしながら辺りを見回せば、沖田が懐から鉢巻を取り出し額に巻きながら土方を睨み付けていた。
「やめてェェ」
 パァン! と耳をつんざく破裂音に、見れば壇上の男が握った拳銃から銃口から硝煙が漂っている。
「コイツが天人の武器って奴ですかィ? 丁度いいやあの辺り、あの尻尾頭をよっく狙って撃って下せェ」
 驚く程の素早さで壇上に上がり、銃を持った男の肩に手を置き、そんな事を言っている沖田の許に慌てて駆け寄ると、近藤がゲンコツで頭を殴った。ぺこりと男に一礼し、沖田を抱えるように舞台から降りる。いつも喧嘩してるような二人だが、妙に今日の沖田の絡み方は気になった。コイツなりに緊張してるのかね、と宥めるように近藤は沖田の髪をくちゃくちゃと撫でる。
 今のは一体なんだと周囲が近藤達を見る目に好奇や険が混じった。サングラスの男が仕切り直しと咳払いを一つすると、自分を警察長官の松平と名乗り、一対一で三本勝負をしろと言う。
「負けた奴は帰っていい。じゃっ精々仕官目指して頑張ってくれ」
 そう言って松平は舞台上の折り畳み椅子に深く腰掛け、大股を拡げて腕を組み、ふんぞり返って座った。
 同じ道場の者同士が相争い、兄弟子に勝ちを譲るような事がないようにと、基本名簿の初めと終わりから呼ばれ中央で立ち会うという。
 気取って自身を強く見せようとでもアピールしているのか、それとも質種にして請け出す金もなかったか、素面素篭手の者も若干はいたが、皆一様に防具を付けると得物を手に周囲に座り込んだ。
 近藤達も一角に座り、担いできた道具の準備を済ませ、試合を見ていたが、じっと向かいからこちらを睨んでいる男がいる。
 声を掛ける程ではないにしろ、近藤の見知った顔がいくつかあったがあの顔は記憶にないなと思う。総悟の悪ふざけで注目浴びちゃったかね、と素知らぬ顔でそれでも様子を窺っているとどうやら、見事な禿頭の変わりに顔の下半分に黒々とした髭を蓄えたその男は、隣の土方を見ているらしい。
「トシ。ありゃァ何よ」
 その男から目を離さずに、隣の土方に顔を寄せ、ひそと近藤が囁いた。
「さァ?」
 思い出す気もないようなつれない声に、近藤は苦笑を浮かべ「どうせ昔の男だろ」と土方をからかう。
「おきゃァがれ。人聞きの悪い言い方してんじゃねェよ」
 土方は頬を薄く紅潮させ、近藤の二の腕をぎゅっと捻った。
 軽口を叩きながらも二人して、土方が道場破りで暴れていた頃の対手だろうとは思っている。互いにめでたく採用の運びとなれば、隣のはねっ返りの昔話も聞けるかしれねェな、と近藤は抓られた腕を軽く擦る。
 その内に名を呼ばれ、近藤が立ち上がった。
 久し振りの対外試合に腕が鳴る。
 誰が相手でも構わない。俺にはやりたい事がある。例え勝っても面接とやらがあるらしいが、とにかく勝たなきゃそれまでだ。
 そして、俺は勝つ。勝って、未来を手に入れる。
 それが輝かしいだけの未来でなくても。
 近藤は、拳を握りこちらにぐっと気合を送る仲間達を頼もしげに眺め、沖田を見、土方を見た。
 ウチの奴らはみんな勝つんだ。それしかねェ能のねェバカヤロー揃いだ、剣で負けて堪るかよ。
 対戦相手に一礼し、近藤は平正眼に竹刀を構えた。丹田に力がこもる。
 勝つ。
 太陽の下を歩く為に。




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07.12.30発行
006 焼芋(完売済)より

自分脳内の近土、武州はこういう感じ、という根幹話。
時代もの書くの初めてで、どきどきしながらも、すっごい楽しかった。

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お読み下さりありがとうございました!

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