青空の人・8

 当日はまだ暗い内に全員起き出し、仏前に手を合わせ屋敷を出た。
 攘夷戦争が落ち着いた後は天人が幕府と組んで鉄道整備を始めたが、まだこの辺りまで線路は延びておらず、一番近い江戸までの駅へ、大人の男の足で二時間はかかる。その為に前日からこの日ばかりはと沖田も近藤の許に泊まり込んでいた。
 昨夜は結局、沖田が先に道場へと戻っている。
 土方に会わなかったのかと尋ねられると「姉上は家にいたんで」とだけ言葉少なに答え、さっさと床に着いていた。
 戻ってきた土方は「こっそりチッスでもしてたんじゃないのォ? そんで総悟がショック受けてんだろー?」などとからかわれていたが、男達をじろりと睨みつけるように視線をやると、飯も食わずに無言でさっさと布団を引っ被っていた。
 何かあったかと顔を合わせながらもそれぞれに、立ち入った事を聞く程の野暮でなし、灯りの為の魚油も勿体ない、と綿のへたった布団に潜り込んだ。
 凍えた道を歩きながら、えいくそお日サンはまだ上らねェのかと土方が白く長い息を吐く。厚手の足袋を履いてはいるが、草鞋履きの爪先から、霜の降りた地面の冷たさが伝わってきた。
「お前電車乗った事あんのかよ」
 星の残る暗い道を、声を潜めながら、妙に空元気を吹かすように、土方が沖田に声をかけた。昨夜から終始顔を合わせない様が気になっていたらしい。
「……当たり前だろィ。そういうアンタはどうなんでさァ。電車乗る時にゃァ草鞋脱ぐって知ってんのかコノヤロー」
 心底呆れたと鼻を鳴らし、お手上げだとでもいうように掌を上に肩を竦める沖田に、土方はやっとこの坊主らしくなったと憎まれ口にもほっとしながら、頭上で結った長い髪を得意げに揺らした。
「ボケェ! 騙されるか! 俺ァこう見えてシティボーイだぞ!」
 周囲に人家もないのを幸いと声を上げ、互いに頬や鼻の頭を赤く光らせながら、未だ寝待月が煌々と光を投げかける田の畦を足早に行く。
「いやァアアア! トシ! シティボーイはなんか嫌ァ!」
「うるっせェよ近藤さん」
「俺ェェェ!?」
 そんな事を言いながらひたすら歩き、全員で、そう長い距離ではないが鉄道に乗る。車中握り飯を食べ、近付く本番に緊張した近藤が喉を詰まらせ、あわやと思われる場面もあったが、どうにかちゃんと定刻前に指定場所の体育館へと到着した。
 廃刀令のご時世、職にあぶれた浪人者は多く、この場にも近藤達を合わせ約百名は集まっている。かなりの混雑の中、それぞれに道場名と流派、自分の名を書き受付を済ませると周囲を見渡した。
 この中から何名が正式な召抱えになるのか。明らかにこけおどしと判る奇天烈な格好の者や、見るからに隙だらけの者。ちらりと覗いた受付名簿には有名道場の名が連ねてあったが、多分にハッタリらしい。
 いつしか近藤の唇に薄く笑みが浮かぶのを、土方が見咎めた。
「何笑ってんだ?」
「んァ? 笑ってた? 俺?」
 今気付いたと近藤が軽く驚く。
「笑ってんだろ」
「そっか。……うん。や、あのな。こう、色んな奴見てたらよ。俺達ゃ負けねェな、っと思った訳よ」
 もっとも実技ってのがアヤトリとでも言うなら別だがよぅ、と近藤がけらけら笑う。




小説メニューへ戻る 戻る 続く