オフ本008 晴ればれより
安心決定(あんじんけつじょう)・1

 廊下で不意に、土方のヤローに会った。静まり返った夜、こんなカラスみてェな黒い着物の男に遭うなんざろくでもねィ。小便なんざ窓開けて、庭にしちまやよかった。
「死ねよ土方ァ」
 俺はまるで挨拶みてェに口癖になったその言葉を口にする。
 自分でも判る随分とかさついた声に、アイツはちらりと目線だけを投げかけると、煙草を咥え何事もなかったようにその前を通り過ぎる。
 シカトしてんじゃねェ。
「死ねって言ってんだろィ」
 カチンときて少しだけ荒げた声に、土方がようやく振り返った。
「お前も」
 呟き、アイツは俺をまじまじと見る。ふう、と大きく煙草の煙を吐き出した。
 気に食わねェ。何を考えているのか判らねェ。
「お前も近藤さんに抱いて貰やいいんだよ」
 妙に穏やかな顔であっさりそんな事を言う土方に、気付くと俺は飛びかっていた。
 襟首を掴むと、壁にヤローの背中を強か押し付ける。
「アンタなァ……!」
 至近距離で言ったはいいが続きが出ねェ。何を言えばいいのか判らねェ。
 そんな俺をどう見てんだかヤローはヤケに静かな声を出した。
「煙草。アブネーだろバカ」
 腹ァ立つ。俺ァ何やってんでィ。
 掴んだ腕を突き放し、俺はやっとの事で踵を返す。
 ドカドカと喧しい足音を立て大股で過ぎんのが、その時の精一杯だった。



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