安心決定・2 「近藤さん。ちょっといいですかィ?」 そう言って俺が障子越しに近藤さんの部屋へ声をかけたのは、それから暫く経った晩の事だった。 「おう」 その短い言葉に俺は妙に落ち着かない気分で障子を横に滑らせる。 いるんだろィ、とは判っていた黒い着流しが近藤さんの対面で、ヤニ咥えて胡坐かいてやがるのは、見慣れちゃいるし、仕事の報告とかでこの位の時間にゃ二人はそうしてる、と知ってもいるんだが。 「どうしたよ」 この時分に俺が訪れるなァ久し振りなモンで、近藤さんは目元を緩ませながらも腕を組み、軽く首を傾げてこっちを見た。 俺は戸口に立って障子に手ェかけたまんま、遠慮なく土方のヤローを見下ろしながら尋ねる。 「まだ仕事中ですかィ?」 「いや、もういいよ。仕事は終わり。ってかイイトコにきたね、先日の攘夷派逮捕劇の打ち上げ、何がいいかトシと相談してたんだよ」 希望ある? と目を細めて訊いてくる近藤さんを見て、俺はほっとその場に膝を着いた。 「じゃァ、一緒に映画でも見やせんかィ」 丁度いいや用意してきたコイツが役に立ちまさァ、と俺はすかさず懐からケース入りのDVDを取り出す。 「何? ってそれホラーじゃん! あからさまにホラーじゃん! 呪とか怨とか書いてるものォ! 納涼大会にはまだ早いものォ!」 ジャケットを見た近藤さんが、大袈裟に両手でケースの写真を隠そうとするのが楽しくって、そんなだからアンタ、俺にからかわれるんですぜィ。土方はといえば、いつでも逃げ出せるようにか既に片膝立ちになってらァ。 だらしねェ。いい気味ですぜィ。さァ、とっととここから逃げ出しやがれ。 「なァに季節は関係ありやせん。盛り上がり必至な廃墟探訪シリーズ病院編でさァ」 言うと俺は早速デッキのところへ行き、ディスクをセットしてやった。 「オイオイオイ何で今もう見る気になってんの、ヤダよそんなのみんながいる時でいいでしょォが。俺らだけで打ち上げやってどうすんのって話でしょォが」 俺の袖を引き、止めようとする近藤さんを尻目に土方のヤローが遂に立ち上がる。 「じゃ、近藤さん。後はしっかりな」 「ちょっ、見るならせめて一緒に見ようよォ」 くるりと体勢を返し、近藤さんは土方の両足に抱き付いた。 「離してくれ近藤さん。ガスの元栓がちゃんと締まってたか見回り行かなきゃならねェんだ」 「そんなの普段やんないくせにィ! ってかそうだ俺も朝食用のジャガイモ剥かねーと。食事当番忘れてた。ポールのヤローにマッシュポテトはどうしたって怒られちゃうトコだったよ」 ヘタレな大人が俺の為に右往左往、二人して即興コントをする様ァ、ちっと愉快じゃあったんだけど、話の進まない事山の如しでさァ。 「何「いっけね」って顔してんですかィ。ウチにゃ賄い専用の姐さん達がいまさァ。ついでにポールってなァ誰でィ?」 「ポールはポールだよォ! 心の友だよォ! アイダホから新入隊したポールゥゥウ」 近藤さんは、俺がツッコミ入れるとノリボケしてきて、しまった、これじゃホントにキリがねェってモンでさァ。 あーあ土方だけでも早く出てってくんねーかな。なんなら屯所から出てって戻ってこねーでくんねーかな。 口からでまかせを吐き出す近藤さんの様子に、俺はそんな事も考えながら、うるせーなァと小指で耳の穴を掻く。大して汚れてもいないその小指をふっと吹くと、指先を見ながら近藤さんにゃァ効果アリかと思われる台詞を呟いた。 「残念でさァ。可愛い看護士さんがてんこ盛りって評判なんですぜィ」 恐怖とお色気、この人にゃどっちが勝つんだろィと思いながら俺が断言してやると、近藤さんは散々悩んだ後、「……そうなの?」と食い付いた。 「って訳で土方さん、ホラーな声が聞きたくなきゃァ俺の部屋行っててくれていいですぜィ?」 この人がびびりまくった時用に、懐にゃホントにもう一枚、お色気モンのディスクも忍ばせちゃあったんだが、今はそっちは使わずに済みそうでさァ。 「判った」 一瞬の隙を付き、まだ纏わり付かれたままだった腕の中から足を抜いた土方が、近藤さんの顔を見下ろす。 「ちょっ、トシィ!」 あうあう、と畳の上でうつ伏せ、土方のヤローに指を懸命に伸ばすのにゃ多少同情を覚えたが、俺が「白衣のミニスカ天使」とわざとらしく近藤さんの耳元に手を当て囁くと、叫びはぴたりと治まった。 「じゃっ俺はコレで!」 その調子なら構やしねェとばかり、妙にハキハキ言った土方がようやく部屋を出て行った。 まったく薄情なヤローでさァ。ありゃ絶対近藤さんを人身御供にしやがったんですぜィ? あんな薄情モンがすぐ傍にいるってのも気にいらねェんで、もし隣のあのヤローの部屋に戻ったんなら、ホラーな音声たっぷり聞かせてやらねェと、と耳を澄ましたが、一旦部屋に戻ったと思しき足音はすぐに遠ざかった。 ヤロー賢明じゃねーかコノヤロー。 |