安心決定・3

 結局、登場するすべての白衣のミニスカ天使たちには足がない、と俺の背中に隠れながら、途中までをチラ見してようやく気付いた近藤さんに、泣き落としに加えた買収相談で、俺はDVDをストップした。
 俺としちゃァ角の餡蜜とアイスよりゃ、近藤さんの恐がる顔見てる方がどんだけ傑作か、とは思うが目的は半分成就、土方は逃げ出したし近藤さんはバラエティ番組に切り替えたTVに、髪の長い女が映っただけでビク付く有様で、いい頃合でさァ。
「貞子じゃあるめェし画面から飛び出しちゃきやせんぜィ」
 幽霊が包丁持って飛びかってくるってェならともかく、アンタ看護士さんに恨まれる覚えでもあるんですかィと俺が笑って言うと「恐いモンは恐い」と近藤さんは口を尖らせた。
 今でも俺よりうんとデカイ体してるくせして、面白ェお人でさァ。
 俺は耳を、神経を凝らして隣室の様子を窺った。人の気配はない。あのヤローはまだ戻ってねェ。
 今だ。
「近藤さん。今日は一緒に寝てあげましょうかィ?」
 唇を舌で湿すと、俺は何気ない振りをしてそう言った。
 内心、拒まねェで下せィ、と祈る。
 その為にココにきたんでさァ。よく判らねェけどとにかくアンタと二人で、一晩二人で。
「えっいいの!? じゃ総悟の布団取ってこようか」
 ほっとしたような近藤さんの下がった眉に、俺こそが安堵して、判る、俺今笑ってらァ。
「構いやせん。近藤さんの布団で寝まさァ」
 善は急げだ。わざわざ廊下をえっちらおっちら布団を運ぶなんて邪魔臭ェ、途中で面倒になって「やめないコレ?」なんて言われたらどうしろってんでさァ。
「俺は?」
 立ち上がり押入れに向かう俺を見上げながら、近藤さんは顎鬚を弄っている。
「大丈夫、引っ付いて寝りゃァどうにかなりまさァ」
「寝れるかァ? 総悟もう大っきいだろ」
 こう見えて綺麗好きな近藤さんの押入れから、勝手に布団を取り出し下ろすと、近藤さんは出ていた文机を端へ寄せた。
 布団一組で一緒に寝るなんざどう考えても狭いだろィと一見して判るが、そこは来客の多い近藤さんの部屋、敷布団に寄せて座布団を三枚も置けば一晩位は何とでもなる。
「総悟布団でいいよ。俺座布団で」
 恐がっていた筈がすっかりわくわくした様子の近藤さんにつられて、昔の秘密基地ごっこや、道場にお泊りした日を思い出しちまう。
「それじゃ近藤さん、足ィ出ちまいやせんかィ?」
 座椅子の底面を枕に毛布を被り、座布団での寝心地を確認する近藤さんに、もう一枚毛布を渡したものか逡巡していると、近藤さんはびくっと体を強張らせた。人の背後にナース貞子の影でも見やしたかィと俺も思わず振り返ったが、近藤さんは真剣な顔をして「……臭い?」と俺に尋ねる。
 俺は思わず噴き出しちまった。
 そうだった、この人ァそんな事を気にする人だった。
「いや、臭かありやせんぜィ。ただ普段この布団使ってるなァ確実におっさんでさァ」
「それ臭いんじゃん! 俺の事臭いって言ってるじゃん!」
「ええっ。普段この布団使ってるなァ近藤さんでしたかィ」
「知ってるくせにィィィ」
 言葉に甘えて布団の方に遠慮なく横になった俺の首を、近藤さんがおりゃ、と抱えて拳で頭をぐりぐりされる。
「ああっ。確かにこの匂いの人でさァ! ガラスの靴ナシで照合可能ですぜィ」
「うるっせ。もォ寝ろっての」
 それでもふざけて俺が言うと、近藤さんはシーッと人差し指を口の前に立て、灯りを絞った。
「アレ? 消さないんですかィ?」
 昔の道場時代、真っ暗で寝てたなァありゃ油が勿体なかったからですかィ、と思いながら何気なく言った俺の言葉で「……だって。恐いでしょォが」と語尾を濁らせた近藤さんにゃ俺のS心が盛大に騒ぎ出すが、そこはこの、決して嫌な匂いじゃない、居心地のいい布団の代金って事で納めといてやりまさァ。




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