安心決定・4

「久しぶりだなこうやって寝んの」
 毛布を被り、暫くはごそごそと具合のいい位置を探っていた近藤さんが、やっと落ち着いたかそう言って、俺に話しかける。
「そっち。肩出てねェ?」
 アンタ俺の母ちゃんですかィと笑ってやろうと思って、やめた。
 近藤さんの母ちゃんの話は、いつ聞いても、どんな小さな事でも楽しくて、見た事のねェ俺の母ちゃんもきっとそんなだったんだろィって俺は小せェ頃、よく近藤さんが語る近藤母話をてめーの母親話と取り違えて話しては姉上を混乱させてた。
 古い話でさァ。
「大丈夫ですぜィ」
「で? ……おやすみなさい?」
 ぽん、ぽん、と俺の背中を小さく叩き、あやすようにリズムを取りながら、近藤さんが静かに尋ねた。
 子供扱いすんじゃねェ、まったくアンタは、いつまでたっても。そうは思うが、この人にゃァ判るんだ、と思えば胸の奥も熱くなるってモンでさァ。
 当たり前でィ。俺は普段と違う行動を取ってるんでさァ。これで気付かれねェようなら俺があんまり可哀想ってモンだろィ。
 わざと突き放すようそんな風に考えちゃみても、なんかまァ、好きだな、と思った。
 この人が、近藤さんが、好きなんでさァ。
 色恋沙汰にゃァ疎い俺だが、これが恋って奴ですかィ?
 ……多分。多分?
 本当は判らねェ。大きく無骨に見える手が、案外器用に炊事洗濯すべてをこなし、俺が持ち上げる事も出来ないような丸太を振り回しているのを、凄ェや、と思ったんでさァ。あの頃に笑っていられたのは、この人と姉上がいたからだ。当時の俺にゃァ立派な大人に見えてやしたが、出会った頃の近藤さんてなァ、今の俺と年齢はそう変わらねェ筈でねィ。
 あの頃、近藤さんは俺の魔法使いだったんでさァ。
 姉上は俺の家族で特別なのが当然で、なのに特別じゃねェ、他人のアンタがなんで俺の事判るんだろィって、俺が何が嫌で拗ねてんだとか何楽しみにドキドキしてんだとか、何でこの人ァ知ってんだろィって、そりゃァまるで手妻を見ているみてェに鮮やかで、不思議で仕方なかったんでさァ。
「……近藤さん」
 そんなアンタを独占してェやと思っちまうのは、俺が、子供だって事ですかねェ。
 アンタにこんな言葉をぶつけんなァ、卑怯ですかィ?
「んー?」
 小っせェ頃は、おねーちゃんと近藤さんが結婚すればいいと思ってたんでさァ。そうすりゃ近藤さんは俺の家族になる。嫌われても怒られても、ちょっとやそっとじゃ縁が切れなくなるってモンでさァ。そんな形に憧れて、姉上にも近藤さんにも一緒になれとけしかけていた事を覚えてまさァ。
 そううまくは運ばなかったし、その内邪魔な男が飛び込んできて、アンタの特別は俺だけじゃなくなっちまった。




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