オフ本 015 世界は破滅を待っている より 罪を数え 量り 罰を与える・1 特別警察、という言葉を初めて聞いたのは口伝てだった。 今度そういった組織ができるそうだと、同門の北斗一刀流の男から聞いた。彼の話では、それが刀を捨てたくない一心で集まった者達だという。その男自身、刀はかなり遣う。僕と同じ免許皆伝だ。けれど、これから田舎へ帰り畑をするのだと笑っていた。通いだった彼が、師匠へ別れの挨拶にとやってきたついでの世間話だった。 彼は、刀に対する思い入れが僕よりも強い。と、いうより、彼にはそれしかなかった。僕のような学問への興味がない男だった。 特別警察は主として帯刀し、幕府や天人の要人を、未だ攘夷志士を名乗る者達から守るという。急激に戦の爪痕を消し去ろうと進化する街で、先日また天人派の高官が襲われた。成程、用心棒も確かに必要だ。 当時僕は、剣での仕官の道を殊更に探していた訳ではなかった。武家の次男として部屋住みの身、病弱な兄の分までと学問を修め、体を鍛え技を磨きする内に、幕府はどんどんと弱体化していった。かてて加えて、廃刀令に代表されるような身分制度の解体。 穀潰しの部屋住みに、自由というものが与えられたのだ。家に縛られる事なく、僕は、僕のなりたいもの、何にでもなれる。一息に視界が晴れた気がした。 剣は僕を表す一端でしかない。 現在は二親の許を離れ、剣術所の二階の一隅で起居している。ここにはそういった男達がいくらもいた。皆、元を正せば部屋住みの者達だ。幕府の皮相的な天人化を斜に構え扱き下ろし、自分ならこうすると、声高に語り合う。 その頃人気があった学問は天人学だった。言葉、習慣、文化、すべてが新しかった。僕が学ぶべき事柄は溢れていた。 剣に縋るだけでは、時代遅れだった。 その特別警察の名を、次には新聞の片隅で見かけた。真選組発足式と、小さく載っていた。 画像すらなかったが先日の話を思い出し、そのような名になったのかとだけ思った。僕は新聞の記事を見ながらその男の不器用さを少しだけ思い出し、そうして新聞の向こう側、晴れて帯刀が実った男達へも小さく賞賛を送った。 それは、自力で何かを掴み取った者達への敬意だ。 そうして次は自分が喝采を浴びる番だと、僕はわくわくしていたんだ。 やがて実際に町で真選組を見た。柄の悪い連中だった。新聞やテレビなどでも叩き記事を見る事が多くなった。それは僕を高揚させず、ただ馬鹿な奴らだと苛々した。力の使い方を知らない無能には反吐が出る。 そんな僕に真選組入隊の話を持ってきたのは、世話になっていた学問所の師範だった。 長官の松平から直々に、荒くれ者を支える頭脳を探していると持ちかけられたらしい。そこへ僕が推挙された。常から僕を師事する篠原達と、真選組について話していた事を覚えていたようだ。 面白い、と思った。 幕府の仕事がしたいと殊更考えていた訳ではないが、表舞台へ打って出るならトップを目指さない手はないだろう。その足掛かりにはお誂えかも知れない。 まず、真選組を僕の下で纏め上げる。それから先、上層へは、松平を介してのし上がればいいだろう。 千載一遇。 自分というものの力を試す、またとない機会だった。 |