罪を数え 量り 罰を与える・2 入隊にあたり、真選組屯所へ出向いた。松平とはそれ以前、師範に紹介され顔を合わせた事があったが、これが現役の警察庁長官かと目を見張る程いい加減な男だった。 屯所での局長、副長との面談の時にも居合わせる筈が、まだこない。 「局長の近藤勲です」 先に顔合わせを初め、そう名乗った男は、真っ直ぐな視線を僕に向けた。大きな体躯で背をしゃんと伸ばし、成程、見たところ歳は僕と変わらないようだが、何がしかの頭領の威厳はあるように見えた。 副長の土方十四郎、と名乗った男は整った容貌で素早くこちらを眺め回した。どうかすれば幼くすら見える男の、値踏みする目付きだけが鋭く、老獪だった。 こちらも剣術所で塾頭だ。人と相対する場合の振る舞いは弁(わきま)えている。案の定、簡単な剣術談義とべんちゃらに、近藤は謙遜を交えながらも乗ってきた。 「近藤さん」 途中、一度だけそう言って近藤を嗜める目を向けた土方の目は、不思議と僕に引っかかった。 最初に睨(ね)め回した後、土方が僕を見る目は無感情だ。そのせいで土方の事を僕寄りの、情に薄い頭脳派だと短時間で認識していた。だが近藤を窺う目の色には、彼を尊重する様子が見て取れた。聞けば真選組結成以前からの付き合いであるという。近藤は元道場主という事で、そのまま大将へと祭り上げられたか。 近藤は大層単純な男のようだ。時勢を述べれば易々と賛同し、「凄いものだ」と「大したもんだ」と言いながら、一々「な、トシ」と土方へと話を振る。その都度土方は無感動な声音で「あァ」と「そうだな」と相槌を打った。そこで初めて近藤は、小さくほっとしたように僕へとまた目を向ける。 人が好さそうな男。それが近藤の印象だった。 笑顔を見せながら僕は値踏みを続ける。立場上、僕の上に立つ男。真選組を統べる局長。もっと粗野な男かと思ったが。 土方という男は、まだ確りと判らない。 それでも近藤の様子から押しなべて鑑みるに、僕が真選組へ参加するというのは、僕の政界への足場という意味以上、まさに彼ら集団の為にすらなるだろう。 ようやく姿を現した松平と並ぶと、近藤は親子のようにすら見えた。互いに軽口のようなものを叩き合っている。仲がいい。無表情でいた土方の顔すら緩んでいる。剣を頼りに田舎から出てきたという、この男が大将になった裏には、縁故か何かがあるのかも知れない。 「どうよ近藤。賢い男だろ」 得意気に僕を紹介する松平とは、これまで数える程しか言葉を交わしていない。そんな男に僕の何が判るのか。調子がいい。おかしくて、僕は思わず微笑んだ。僕の笑いにつられた様に近藤も笑う。 「判ってるよとっつァん。こういう御仁も確かにウチに必要だ」 言葉には同意だが、見上げたものだ。あなたにもこの短時間で僕の価値が理解できたのか。勿論そんな事はおくびに出さない。軽く会釈するだけでいい。僕は凡人にも寛大だ。 僕の真の価値は、これから僕が発揮すればいい。 これからは人の時代だと、隊士を募集している真選組へ、こうして僕は迎え入れられた。 入隊するにあたり学問所で、そして北斗一刀流の道場で僕の下にいた者達の内から、気心の知れた実力者何名かに声をかけた。皆、僕と同じに真選組へ入隊する事になった。組にとっても即戦力であり、僕の手足だ。心安い。 歓迎会だと顔を合わせた隊士達は、皆一様に僕の話を判っているのかいないのか、神妙でありつつもどこか焦点のぼやけた顔をしていた。この者達すべてがいずれ僕の重大さに気付く。そう思えば今の間抜け面もご愛嬌だ。 挨拶が済めば後は大宴会だった。 無礼講だと大酒を呑み、やたらと僕の肩を叩きながら、大口を開け笑って話す近藤と対照的に、土方はその席でも冷静だった。 初対面と違うのは、やたらと煙草を吸っている事だ。 真選組というのは全員力自慢の知恵足らずと思っていただけに、その景気のいい喫煙振りに、この男は例外で才知を誇るかと見当を付ける。 「近藤さん。さ、もう一献」 徳利を傾け、ふわふわと揺れる近藤に差し出せば、横から土方が止めに入った。 「アンタ、いい加減にしとけ」 僕への言葉かと視線をやれば、彼の目は近藤だけを見ていた。 近藤は局長だろうに。しかも土方も在籍していた元道場の主であるという。土方のそれは決して、目下の者の言葉使いではなかった。 土方だけではない、隊士達もですます調ではあるが、よくもまァと呆れる程、近藤にずけずけとものを言う。特にあの年若い、朽葉色の髪をした青年。 不思議な光景だ。 「なら、土方さん。君に受けて貰おうかな」 矛先を変え徳利を差し向ける。先程からこの男は、ちっとも呑んでいない。下戸なのかも知れない。ならばそれはそれで面白い。 「結構だ」 即答で断った土方の首へ近藤が腕を回す。 「そう言わずに呑めよォお前も」 「アンッタなァ!」 腕の中から頭を抜くと、土方は髪を乱したままで近藤の肩をそれなりの力で小突いた。やくざ者でももう少し上下関係は大事にするだろうに。まるで幼稚な学生のようだ。僕と関わる事のなかった世界だ。 顔には出さずに眺める僕に、土方が杯を突き出した。 「いただこう」 ぶっきらぼうな言葉がおかしい。そんな事を思い、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ隠した、緩む口元を見咎められた。 「何か?」 「いえ。仲がよろしい」 僕は酌をしながら他愛もない事を言って微笑んでみせる。もの言いたげな視線をちらりとこちらに投げかけた土方は、黙ったままで杯に口を付け、残りを一息で呷った。僕はその呑みっぷりに内心で下戸説を取り消す。 「いける口ですね。どうぞもうひとつ」 酔ったこの男というのも見てみたいと再び徳利を差し出すと「勘弁してくれ。緊急出動に備えとかなきゃならねェんだ」と土方は膳に猪口を戻した。 言って土方は「どうぞご返杯といこう」とこちらへ徳利を向けてくる。素直に注いで貰いながら「僕はその緊急出動、備えずとも構わないと?」と少し意地悪な気分で尋ねた。自分以外に理性的な男がいるというのが少し面白くない。 「アンタの担当は現場じゃねェだろ。……それにもう呑んでる」 口の端を歪めた、これがこの男の笑いかと思う。愛想のない男だ。お追従で媚を売る連中よりは判りやすいが、僕はまだ何もしていない。しかし形式上は平隊士、アンタ呼ばわりも今は甘んじて享受しよう。 「確かに。現場の事は、土方さんにご指導いただかなければ」 田舎剣士が。そんな感情は努々(ゆめゆめ)表に出す事のなきように。僕は得意の、人当たりの好い笑みを浮かべる。こんな事いくらでも手段の為と割り切れる。 実際、内政に関与し組織を変えていくならば、現場にばかり絡んでいても仕方がない。大事なのは上に立つ事だ。その事にこの男はどこまで気付いているのか。言外に含ませた意味を察しただろうか。 僕は自分が一番の新入隊員でありながら、局副両長と並びの上座に座る事に余裕を持って背筋を伸ばし、その酒を受けた。 「ささ、今日は呑んで」 間に座った近藤も、にこにこと今日何度目かの酒を勧めてくる。 「ありがとうございます。近藤さん、土方さん、どうぞ僕を存分にお使い下さい」 あくまで下手に出ながら僕は、更に近藤と酒を酌み交わす。土方の人柄を測るよう警戒しながらも、僕はわざと彼を蚊帳の外の扱いにしようとした。立てるべきは副長ではなく局長だろう。 その時、賑やかだった場が更に大きく一斉に沸いた。 「一番隊隊長沖田総悟、新隊士歓迎の為に一節舞いまさァ!」 ゆらり、と立ち上がった姿は、どう見ても酔っ払いだ。なのにいつの間に持ち込んだか真剣を手にしている。先程から目の端で気になっていた、傍若無人な朽葉色の髪の青年だった。 僕が何事か尋ねようと近藤の方を見るより早く、土方の咎める声がかかった。 「総悟!」 「大丈夫、これがホントの酔剣でさァ」 言ってひらひらと抜き身の刀を閃かせる様は、とても尋常とは思えない。だが、一同は酒で分別が鈍っているのか、大喝采だ。近藤ですら「あぶねーぞー」と声をかけはするが、笑っている。 荒くれ者の座興は品がない。これじゃそこらの狼藉者といくらも変わらない。最悪だ。だが下手に絡んで怪我をするのもつまらない。鼻白んだ気分を隠すよう、僕は口元に笑いを湛えながら調子を合わせ手拍子をする。下らない。 やがて中央の千鳥足は、くるりと緩やかに回転し、次の瞬間には土方の喉元へ切っ先を突き付けていた。 水を打ったように静まった座で、沖田と土方は互いに動かず、目を見開き睨み合っている。 「総悟」 近藤が、常と変わらぬ声色で、静寂を破る口火を切った。 その声に沖田はふっと肩の力を抜くと刀を引き、身を退ける。場に一斉に安堵の息が零れた。 「以上、一番隊隊長、沖田総悟の剣の舞でさァ」 ニヤリと凄みのある顔で笑った沖田は、刀を収め、形式ぶって僕に敬礼を送ってきた。 呑んで刀を振り回すなど狂気の沙汰だが、今のスピードには目を見張るものがあった。酒が入っているとは思えない。正確に土方の急所を狙っていた。土方も土方だ。向かってくる瞬間ピクリとでも動けば皮一枚、斬れていてもおかしくはない。たとえ打ち合わせてあったとしても、本能が避けるだろうに。 「お見逸れしました。さすがは特別警察。胆が据わっていらっしゃる。お見事」 勿論耳障りのいいようにと言葉を選んではいるが、ある程度は本心だ。野蛮で低俗な見世物ではあったが、得るものはあった。沖田総悟。成程、あの若さで一番隊の隊長となる訳だ。 「いやなに。総悟はウチで一番の遣い手ですから」 頭を掻きながら笑う近藤の隣、土方は苛付いた様子で煙草に火を点ける。 「ふっざけんな、刀おもちゃにしてんじゃねェ」 チッとあからさまに舌打ちをした土方の顔は、さすがに少し青褪めて見えた。 「まァまァまァ。総悟も加減してくれてんだしよォ」 「当ったり前だ!」 真選組の理性も案外熱い男なのかも知れない。その剣幕に愉快になって、酒が入っている僕は声を上げて笑った。 その日の歓迎会はつつがなく終わり、僕の真選組時代はこんな風に始まった。 |