罪を数え 量り 罰を与える・9 僕は間違えていた。 失敗した。何も見えていなかった。 その事に気付いたのは、血と銃弾と火薬の煙を散々に浴びた後だった。 近藤が、僕の腕を掴んでいる。自分を殺そうとした僕を。彼の大事にする身辺すべてに害をなそうとした僕を。僕には彼が何をしているのか判らない。離せ。殺せばいいだろう。近藤の背後に、ちらりと沖田の姿が見えた。それこそ驚きだ。今の今まで僕達は殺し合っていたのに。窮鳥を撃たずという事か。まさか。隊士がどれだけいようと構わず列車を爆破させたような男が。 そうか。近藤か。 朦朧とする意識の中で、僕は懸命に目を開く。沖田は、近藤を押さえているのだ。僕を助けている訳じゃない。近藤を助ける為なら災いと化した僕すら助けるか。君にとって近藤とは一体なんだ。 そして近藤という男、これは一体、なんだ。 特別警察、真選組局長。僕の上司。僕の標的。憎悪の対象。底抜けのお人好し。単純で低脳で幸せな男。 僕は。 僕は愛されたかった。賞賛されたかった。世界で一番特別だと、僕だけが素晴らしいと僕は天才だと称えられたかった。その為に努力もした。僕は褒められて当然だった。 近藤の傍には、いつも光があった。熱があった。それは彼一人のものではなくて、彼を慕って集った人々から寄せられる力だった。 僕は間違えた。太陽を欲しがった。独占したがった。陽の下を歩く栄光が自分一人のものにならないならと激しく反発した。 近藤が、僕の腕を掴んでいる。異常な狂乱と興奮が僕から痛みを奪う。片方の腕はいつの間にか失くしてしまった。体中から血と一緒に、どんどん力が抜けていく。熱くて、冷たい。自力ではとても這い上がれない。近藤も早く僕を離して逃げればいいのに。そうしてやはり君も人の子だと、自らを滅ぼそうとした男を救う事はできなかったらしいと僕を笑わせてくれればいいのに。近藤が腕を離せば、僕は死ぬのか。嫌だ死にたくない。 近藤が僕の腕を掴んでいる。近藤は、離さず、僕の腕を掴んでいる。 この轟音が響く喧騒の中で。血風吹き荒れる怒号の中で。君には、命よりも大事なものがあるのか。魂をかける事にためらいはないのか。 死を眼前に、僕にも今となってようやく判った。自分の浅薄さが。 近藤を憎んだのは彼が「持てる者」だったからだ。僕の欲しかったものすべてを持っていると、僕は深層の意識で漠然と判っていたからだ。そのくせその「欲しいもの」が何かなんて考えなかった。無意識の自己本質へ手を伸ばすのは禁忌だった。何かを欲しがっていると認めるのが癪だった。僕は既に完璧で満たされた者で、だから誰かに憧憬を抱いたりするのは理に適わない。意識下で己に言い聞かせ、近藤を羨んで嫉(そね)んで軽侮しながら、それでも僕が君の許にいたのはそこに、光があったからだ。 君の傍にいれば、光を、熱を、恩恵を分けてもらえると思っていたんだ。 だから僕は、土方を寵愛する君を激しく憎悪した。僕が欲しいものは俗な肉欲ではないが、割り振られる光では足りないと、一方を向く太陽など認めないと。 僕は勝手に目を瞑って生きていた。足元だけを見つめ影が離れないと俯いていた。飛び上がればよかったんだ。手を伸ばせばそこに空はあった。光はあった。 目を閉じた闇の中では、僕は夜光生物のように光っていた。唯一の光だった。その冷たい光は僕以外を照らさない。僕を傷付けない。幸せな閉ざされた空間だった。 銃弾の中、土方が飛行中のヘリからこちらの傾いだ車両へと飛び込んできた。僕へと、腕を伸ばして。 僕はそれこそ身を投げ出すよう、ひとつになった腕を伸ばし、彼を捕まえる。そして土方も、臆する事なく僕の腕を掴んだ。僕の事は近藤がしっかりと捉えている。彼は僕を離さない。確信は、愉快な驚きだ。気分が高揚する。 土方は僕に似ていると思った。僕を理解できる唯一だと思った。僕と同じ、闇の中でも光る事ができる男だと思った。 僕は間違えていた。彼の光はそんな覚束ないものではなかった。輻射熱を纏った灼熱の塊。揺るがない信念を孕んだ世界の番人。 僕は君になりたかった。日の中に立ち、陽を守ると宣言する、絶対の光の剣。 陽光は時に容赦なく照り付ける。白日の下、僕の弱さを暴き出す。僕は醜くちっぽけな、脆弱な独裁者だ。熱に晒される事も身にこびり付いた汚れを見つめる事も潔しとしない愚かな臆病者だ。 影を恐れる者に、光の恵みなどありはしないのに。 花も歌声もいつだって周囲にはあったのに、頑なに見ようとしなかった。 僕は学問が好きだった。剣術が好きだった。好きな事を好きなだけ貪った。暇のある次男の特権だった。 決して暗闇でがんじがらめに縛られて育ってきた訳じゃない。ただ、僕が光を見ようとしなかっただけだ。例え夜の山道でも、月や星はそこにあるのに。死の世界でもない限り、そこには風が吹くというのに。 告解する! 僕は世界に愛されていた! 見ようとしていないだけだった! 僕は既に「持たない者」ではなかった。僕は決して一人ではなかった。 分岐を間違えた。僕は世界を見失っていた。世界には愛すべきものが数多(あまた)あるというのに。僕が選んだ道のなんと、か細く脆い事。こんなひねこびた道を誰が付いて歩きたがるだろう。愚かな、引かれ者の小唄。 僕はここで死ぬだろう。天に向かって唾を吐いた、これが罰か。嫌だ死にたくない。 真実命を張らねば天啓は下らないのだろうか。惜しい事をした。時間がない。血が流れすぎている。 明日はこない。僕に明日の光はない。それでも。 温かく明るく、平等に降り注ぐ日に、無上の敬意を。 光の中、黄金に輝く万物に惜別の歌を。 僕を仲間だと言った近藤に、武士として死ねと剣を握った土方に、世界のすべてに、最大の感謝を。 |
08.12.29発行発行 015 世界は破滅を待っている より メネメネ テケル ウパルシン(罪を数え 量り 罰を与える、の意) 罪の重い者が、罪の分量だけ裁かれる。 伊東っちには動乱編を乗り越えて生き残っててほしかった。 動乱後の改心した伊東こそが見たかった…。 惜しい人だ。 本文中の近藤さんと伊東の会話は「004 夢を見る夢を みた」という 近藤さん話に伊東が出てきた時と同じシーンで、 伊東は、本誌に出てきた時からずーっと書きかった。 しかし賢い人の一人称って難しいね! |