オフ本 018 イロボケより
溺れた・1

「トシ。……トシ」
 肩を軽く揺すられて、土方はぼんやりと目を開けた。
「まだ早ェけど。戻んなら今の内のがいいんだろ?」
 その声にちらりと時計に目を走らせ、全裸の自分と近藤に改めて気付くと、土方は大あくびのついでのように重く長い溜息を吐いた。
 朝まで一緒にと、かき口説く近藤の言葉に、ずっとどきどきしていた。近藤の眠る姿を見たかった。先に目を覚まし、近藤を起こす役がしたかった。いいだけこの人の裸を眺め、これが昨夜俺にくれた体だと、人知れず、近藤にすら内緒で見惚れたかった。
 それがどうだ、またしても近藤に起こされた。
「ちょっとォ。何ソレ、そのでっかい溜息!」
 近藤に言われ、今気付いたと慌てて顔を上げた土方は、部屋の隅へ脱ぎ捨てた自分の着物に袖を通しながら「悪ィ」と背を向け謝った。
「煙草、吸いてェなって」
 恥知らずの物思いを誤魔化そうと取り繕い、適当に言う。その土方の様子にどこまで気付いているのか、近藤もとりあえずと出ていた昨夜の着物を身に纏った。
「煙草そこだろ?」
 互いに着込んだところで近藤は、明かりをつけると、ほらそこに、と顎をしゃくる。
「ああうん。あったか、そっか」
 畳から煙草の箱を拾い「じゃあ俺、部屋、戻るし」と声をかければ、近藤も起き上がり布団を畳んでいる。
「まだ早ェだろ」
 夜明け前だぞ、と土方が驚いた声を上げれば、近藤は「じき夜明けだろ」と事もなげに返事をした。
「お前が部屋で布団出して、もう一眠りするってーなら、俺もつき合って寝てもいいけど」
 真顔で窺われ、土方が、今から布団はどうだろうと言葉を返すと、近藤は「ダロ?」と得意げに笑顔を作る。
「俺にできんのは、こんくらい」
 言って近藤が剣を振る真似をした。
「また朝稽古?」
 今からかよと時計を再確認する土方の髪を、近藤がくちゃくちゃとかき混ぜる。
「俺はね、昨夜のお前で、気分がいいよ」
 言外にお前は? と尋ねるように首を傾げて微笑む近藤に、土方は照れて「……そりゃよかった」と消え入りそうな声で呟いた。
「じゃあ」
 言って襖を開けばもうそこが自室だ。なんと簡単で便利なもんだと拍子抜ける。
 閉めた襖越しに聞こえる、近藤の立てる物音に聞き耳を立てながら、土方はぺたりと座り込み、煙草に火をつけた。
 ハァァ、と長く煙を吐きながら、土方は心の中で、こりゃ溜息じゃねェからよ、と誰にともなく言い訳する。
 実を言えば、体のそこかしこが痛い。慣れない形に伸ばして曲げた、筋肉痛が主だと判るが、口にするのに憚られる場所はともかく、なぜだか歯までが妙にふわふわしている。
 余程酷い歯軋りでもしたかと不安になりながら煙草を吸う内、近藤が部屋を出る物音がした。
「あ」
 小さく言葉をこぼした口をぎゅっと閉じると、耳を澄まし、近藤が行った気配を探る。
 思い出した。昨夜、俺ァあの人の着物、嫌って程噛んで声を殺して……。
 途端、血が騒いだ。汗が全身から噴き出す。
 あの人と、俺が。
 気にするなと、そんなモンたかがセックスのひとつや二つ、と、わざと軽薄に考えながら土方は立て続けに煙を吹かした。
 昨夜の近藤の真顔を思い出す。
 アンタはいつもみてェに優しくて、にこにこしててそれが時々ニヤニヤになって、畜生って悔しいって睨みつけたら、不意に眉寄せて「トシ」って。
 熱くて湿った声でアンタが「トシ」って俺の名を呼ぶ。何度も。



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