溺れた・2 俺は昨夜、相当恥ずかしい事をしちまった気がする。セックスじゃなくて。いや、勿論その、セックスも恥ずかしいんだけどそこはもうお互い様ってか、そう考えねェとやりきれねェんだけど、なんか、もっと、凄ェ恥ずかしい事したり言ったりした気がする。 だって相手は近藤さんだぞ。あの人が俺を抱くなんて、洒落がキツすぎる。 あの人が俺に、その、好きだとか、囁くとか、どうしよう。朝までいろよって俺を欲しがるとか、どうしよう。 こりゃ都合のいい夢か。夢でいいや。というよりもっと積極的に、夢だって事になんねーかな。だってもう、俺、死ぬかも。血ィ集まりすぎて頭痛くなってきた。今死んだら何だ。頓死か。浮かれ死にとか恥ずかし死にってあんのか。そんなんヤベェ、バカ死にだ。 格好悪ィ。 部屋の真ん中であぐらをかきながら煙草を吸う土方の顔は、緩んだと思えば赤くなり、やたらと鼻から煙を吹きつつ、思い直したように一転険しく曇る。 そんな百面相をしながら煙草を消すと、手持ち無沙汰に髪をかき毟り床に伏すよう背を丸め、一人ぶつぶつ口の中で呟いては気合を入れて勢いよく体を起こす。そのせいで目を回すと、土方は大の字に寝転がり、何度目かの遠慮なしの溜息を吐いた。 これじゃホントのバカじゃねーか。 そう自分に呆れ落ち込みもするが、見慣れない新たな部屋の天井に、これからあの人がずっと隣だと、いつの間にか結局近藤の事を考え、にやついてしまう。 昨夜以前の自分が、告白等思いもよらず、ただ近藤への思いを深く胸に秘め、仲間だ補佐役だと言い聞かしてきた自分が、何を考えていたか思い出せない。 何度でも好きだと囁く声が、伸ばされる腕が、自分を変えてしまった。 もしかして自分が近藤に惚れている、この思いは唾棄すべき汚物ではないのかもしれないと思えてくる。 土方は、近藤に惚れてからもうずっと、自分がいかに気違いかを考えていた。女が好きだと笑って肩を組む近藤に、次こそいい人が見つかると嘯(うそぶ)きながら、間近で汗の匂いを嗅ぎ、逞しい男くさい風貌に、俺だって女が好きな筈なのにと思いながら、ひっそりと目が眩む程興奮していた。 近藤の恋の成就を祈る気持ちに嘘はなかった。 女が近藤のどこに不満を持つのか判らない。この男なら周囲を巻き込み、相手に苦労をかけたとしても、全力で幸せにするだろう。 事実、こんなに愛想のない自分でも、居場所を貰い、役に立つと褒められれば嬉しかった。 近藤の姿を傍で見続ければ、彼が努力に骨惜しみをしない事がよく判る。 その姿はまるで、藪だらけの獣道を、それでも行くと切り開くようだ。 背筋を伸ばし顔を上げ、自分が決めたと大股で進む後ろには、きっと女子供にも歩ける道ができている。彼がそこを歩むと決めたなら、自分はせめて露払いとして、彼の一歩の助けとなりたい。 そうして近藤を、陰日向なく眺めてきた。 意識する内に嫌でも思い知らされた、公明正大、真正直な人柄に、うんざりだと言いながら憧れていた。 アンタがどうか、幸せになりますように。 この世界のどこかにいるんだろうアンタの運命の人が、どうか、アンタを幸せにしてくれますように。 祈りながらも一人、近藤の熱を思い自身を慰めていた。 近藤に犯される夢を見て、下着を汚した事もある。 はじめはそんな自分が情けないと、罪悪感と嫌悪が浮かんだ。 それでも時折、夜になり一人になれば、近藤に強制されていると妄想をしながら我慢できずに自慰をした。 「見ていてやるよ」 脳内で囁く近藤の声は時にいやらしい熱と湿度を纏い、時に天真爛漫、こちらの思いに気付いて等いない、ただの友人として瞼の裏で笑う。 そうしてその内、妄想の中で自分の手は近藤の手となり、肉厚の無骨な手でこすり上げられ、果てさせられる場面を何度も思い描いた。 「トシィ」 酔って抱きつく近藤の重さを、胸の固さを必死で覚えた。もとより色事に興味は薄い。それ程頻繁に耽る訳ではなかったが、その頃には妄想でどれだけ近藤を汚しても平気な振りで、翌日顔を合わせていた。 それでもどこか歪みは残った。 近藤がいなければあの時期、自分はとうに死んでいたと思う。 世話になっている道場の若先生を汚す、下種な自分の頭にも体にも、価値はなかった。恥をさらす前に消し去りたかった。 だが、近藤が向ける笑顔は見ていたかった。振られたんだと泣きつく彼を慰める時は、自分が役に立っていると思えた。 「いつかその女にも判るって」 そんな風に、いかに近藤が素晴らしいかを、近藤自身に自慢するよう言って聞かせた。またしてもと嘆く近藤には悪いと思ったが、その時ばかりは堂々と、近藤を褒める事ができて嬉しかった。 俺の好きな近藤さんはこんなに格好いいんだと、表に出せる瞬間だった。それだけに自分の口下手加減を恨めしく思った事もある。 おかしなもので土方は、近藤がいるせいで死にたくなり、近藤のお陰でこの世にとどまっていた。 |