夏はじめ・4 「何?」 首を傾げ、まるで長い髪を見せびらかすよう揺らしながら、土方が目を細めた。我ながら 「確かに、銭出す価値ァあるかもな」 頭こそ打たなかったが、簡単に転がされ、体重を掛けられた体は身動きが取れない。手首を掴まれ、徐々に寄せられる近藤の表情が、陰になりよく見えないと土方は睨み上げた。 「どけよ」 土方は顔を紅潮させ不機嫌をあらわに低く唸ったが、近藤は意に介さず、真顔のまま見下ろし囁く。 「誘惑、してみろよ」 「なんでだよふざけんな」 噛み付くように答え、懸命に束縛を解こうと体を動かす土方に、近藤が押さえ込んだまま無情に告げた。 「買ってやろうかって言ってんだ。手管を使えよ色男」 緩慢ではあるが確実に近付く近藤の顔に恐ろしさを感じた土方は、咄嗟に頭突きをお見舞いする。 「……調子に乗んなッ」 ゴッと鈍い音がした。 「イッタァァ!」 大きく叫んだ近藤が、さすがに額を押さえ上体を起こす。土方はその隙になんとか近藤の体の下から這い出した。二人して頭を抱え、痛みを必死でやりすごす。 「お前、涙目なってんぞ」 顔を上げた近藤が、言って楽しそうに噴き出した。 常に戻ったような近藤の軽快な様子にも、まだ油断はならねェと警戒しながら土方は「アンタこそ」と自身も額をさすった。 「俺のはイテーからだもん。お前アレだろ、ビビってんだろ?」 くちゃ、と顔を歪ませ悪戯に笑う近藤に、今度は土方が食って掛かる。 「上等だコラ、誰がビビってんだコラ」 「ビビってねェの? ならよかった、いいか逃げんな、そこいろよ」 立ち上がった近藤が縁側の廊下をビシッと指差し部屋に戻った合間に、土方はそれこそ姿を隠すかとも思ったが、逃げたと言われちゃ男がすたる、と気合を入れて座り直した。 近藤の悪ふざけが、びくともしない硬い体が恐かった等と、悟られては堪らない。 そこへ近藤が床を軋ませ、髪結いの道具箱を持ってくる。 自分でやるからと言う土方の背後に座ると、いいからと髪を 「知ってる? お前、自分で言う程悪ィ奴じゃねェよ」 「うるっせェ」 髪をぎゅっと束ねられ振り向く事ができずに、土方はむっと口を結んだ。先程近藤が圧し掛かってきたのは自分を試していたんだろう。こちらが先にからかったとはいえ、アンタも随分じゃねェか。 決まり悪さに俯き加減になる土方の髪を、手早くまとめ括り上げると、近藤はまだ少し赤さの残る土方の耳を見下ろしながら、からっとした声を掛けた。 「ついでだから教えてやるけどな、俺ァお前に抱かれる気ィねェから」 「当たり前だ。洒落に決まってんだろ。俺だってアンタ抱く気なんざねェ」 まだからかうかと弾かれたように背後の近藤へ向く土方の、長い髪がブンと振り回される。近藤は勘弁しろとでもいうように肘を曲げ、両手を軽く上げた。 「そっか、ならいいんだけどよ。……ここだけの話」 「うん?」 言って内緒話のように、身を乗り出し声を低めた近藤につられ、土方は耳を傾ける。そこに近藤は努めて真面目な風を装い耳打ちした。 「抱かれんなァ無理だけど、抱く方ならちょっとアリだぞ」 「なっ……!」 瞬時に顔色を変え拳を握る土方から身をかわし、笑いながら近藤が立ち上がる。 「出かけんぞ」 「 伸ばされた手をぴしりと払い、土方はふてくされて再びそこに寝転んだ。 「いいから。折角金があるんだ、岡場所はまたでいいや、酒買いに行こうぜ。荷物持ちに付き合え」 懲りずに近藤は土方へ手を伸ばす。 土方としても酒を飲むのはやぶさかでない。おまけに荷物持ちと言われちゃ仕方がねェと、渋々差し出した腕を、近藤が強い力で引き上げた。 |