光を待つミノタウロス・13

「なァ、姐さん。俺たちゃ、幸せになってもいいと思うかい?」
 この、うっとりと柔らかな空気を誰かに共有して欲しくって、愛しあう事を誰かに許されたくって俺は、お登勢さんへ目を向けた。
「ばかばかしい。ここはかぶき町だよ。許可も遠慮もいるもんか。ここで幸せになれないヤツは、幸せになりたがらないヤツだけさ」
 ああ。
 いい町だ。いい町にいい女に、俺の隣にゃ最高の色男。
「はいよ。お銚子二本」
 いいタイミングで、いい酒までが座に加わる。
 たまんねーな。
 誰も彼もに自慢したい。俺の恋人はいいだろう、男前で性根が据わってやがんだよ、そして俺がその男に愛される、世界一の幸せ者だと。
「……ありがとう」
 幸せに。トシを幸せにする。トシと幸せになる。
 この、狭くて猥雑な薄汚れた町で。ここでしか暮らせない、バカだったり弱かったり狡かったりする人々を守りながら、俺たちは幸せになる。俺たちだって、幸せになっていいんだ。
 カウンターのテーブルの下、俺はトシの手を握った。
 片手で煙草を吸ってやがるトシはうまく酒も飲めなくなったっていうのに、その手を払おうとはしねェ。ただ、見て見ぬ振りをしてくれているとはいえ人前だってのが慣れねェんだろう、まだ大しちゃ飲んでいねェのに、目の縁辺りを赤くしている。
「幸せになろうな」
 俺がひそと耳打ちすれば、トシのヤツはからかうみてェに片方の眉を器用に上げた。
「今、相当幸せなんだけど。これ以上ってアンタ、何してくれんの?」
 そんな可愛い事言う唇は、奪っちゃうに決まってんだろ。
 軽い口付けを、一度、二度。そうなるともうとまらねェって、もっともっとお前が欲しいって、だけど人前でこれ以上何事か致して、折角の店を出入り禁止にでもなっちゃたまんねェから、予定してたよりゃ早いけど、席を立った。
「今日は、どうもありがとう」
 借り切った店の分、相当色をつけた金を置き、外へ出る。
 冬の冷気に二人して首をすくめ、車でも探すかと見回せば、ひょこひょこと歩く女が一人、目に付いた。
 髪を結い上げた女の姿は、どうも見た事があるような。
「アレ? ……ザキ?」
 口をついた言葉にトシが「ああ」と何か思い出しでもしたように頷いた。
「そういやこの辺だわ、アイツに張らせてんの。面倒くせェや、見つかんねェ内に行こうぜ」
 袖を引かれ、通り過ぎるご機嫌な酔っ払いに道を譲り歩く内、ふと思いついた事がある。
「お前、あの格好のザキと密会してる?」
「密会。人聞き悪ィな。けど、そうだな。外で会う時ゃワケアリ風に装う事もあるけどな」
 それがどうした、と顔を向けるトシの手を握り、ここまでくりゃァいいだろう、と俺はタクシーへ片手を上げる。
 あの時の俺が感じた化粧の移り香ってな、それかもしれねェ。
 けど、それが本当にザキのもんでも、そうじゃなくっても。
 どっちでもいい。俺は、極楽ばっかじゃねェ、地獄へだってコイツと行く。
 どこへだって、コイツと行く。






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11.01.07〜01.19 UP

ミノタウロス=迷宮の主。怪物。

リクエストいただいたお陰で書けたお話でした。
リク下さった方も、ここまで読んで下さった方も、
みなさん、本当にどうもありがとう!