幻想・少年A 仙道と福田 1 


「いいぞっ仙道! 行けぇっ!」
 田岡監督の声が響くと同時に、オレは魚住さんをフェイクで交わしてダンクに行った。
「ナイッシューッ!」
「すっげー! マジかよオイ」
 陵南高校バスケ部内で、オレたち一年生対二、三年生の紅白戦。
「くそっ」
 短く吐き捨てた三年の先輩のスローインで試合が再開する。そのボールをオレと同じ、一年チームの福田がうまくカットして奪い取った。
 負けたチームは砂浜でダッシュ30本だ。今んとこ先輩たちが5点リードしている。ここはパスを受けて、一番確実なオレが決めるべきだろう。そう思い、ゴール下でマークを外し福田に手を上げる。
「パスッ」
 だが福田はオレを見ず、強引に魚住さんに向かって行った。
「ほっ」
「ふんっ」
 あ、駄目だ。交わしきれてない。無理な体勢からデタラメに打った福田のボールはバックボードに当たり、魚住さんの手に収まった。
「速攻!」
「コラァ! 福田ぁ!! なにやっとるかぁー!」
 魚住さんの呼びかけをはるかに上回る大声量で、監督の怒鳴り声が響く。ボールを追ってコートを走りながら福田がびくりと肩を揺らした。
「福田、お前はもっと周囲を見ろ! 仙道がフリーだっただろうが! 目先のボールしか見えんでスタメンが取れると思うなよっ。まったく」
 最近監督は習慣のように福田に檄を飛ばしている。
「福田。ドンマイ」
 気持ちはすぐに切り替えよう。オレが声をかけ、握りこぶしを向けてみせると、福田はちゃんと頷いてくれる。
 福田のそういう素直なとこは、好きだ。バスケはそりゃまだ確かに下手だけど。
「ディフェンスッ。ぼけーっと立ってるだけならカカシほどの役にも立たんぞっ帰れっ。福田、腰をもっと落とせぇ!」
 今日も監督はエンジン全開でみんなを、特に福田を怒鳴りまくっている。怒鳴るのは憎いからじゃない、それくらいオレにだって判る。だけど今現在田岡監督が怒鳴るのは、オレたちがゲームに負けているせいだろうか。
「よし」
 だったら勝てばいい。そう結論づけると、オレは小柄ながらよく走る、同じ一年チームの植草からどんどんボールを回してもらった。
 先輩たちには悪いが、本気を出させてもらう。
「すげぇっ。仙道また決めたぁ!」
「魚住ぃ! 飛ぶタイミングを合わせろっ」
 たかが紅白戦、されど紅白戦だ。オレよりデカイ魚住さんって人がいて、こうして練習相手になってくれるってのはありがたい。だけど今日は点を獲る。
 引きつけたマークをかいくぐり、福田にパスを出す。反射的にボールへ集まろうとする先輩たちを翻弄するリターンパスがくるかと思ったが、福田はなんと再び自分でシュートに行った。
「させるかぁっ」
 叫んで魚住さんがボールを弾く。
「無茶するな福田ぁ! 周りを見ろと言っとるのがまだ判らんかぁっ!」
 監督がまた怒鳴る。
「大体お前にゃまだシュートは早いんだっ。そのままで仙道の真似ができるかっ」
 だけどシュートしてこそのバスケットじゃないですか。判っている、監督が言いたいのはそういうことじゃない。
 雑念を振り払う為にオレはただ、ボールをゴールに運び、入れる。
「よーしよし、仙道、そのままもう一本! ……そうだ! いいぞ仙道!」
 田岡監督の満足そうな声に、オレは少しほっとする。オレがもっともっとうまくなれば、監督だって怒鳴らずに済む。監督自身、部員に影で鬼だの呼ばれずにいられるんだ。
 オレが、もっとうまくなれば。
 オレは、もっとうまくならなくっちゃ。


 紅白戦は、オレたち一年生チームが辛勝した。
「仙道一人にやられてお前ら悔しくないのか!」
 監督はそう言って先輩たちを浜辺へと送り出した。だけどちょっと顔が嬉しそうだ。オレが活躍すると監督はいつも嬉しそうに見える。
 オレはバスケ部初の特待生で、田岡監督自身に引っ張られた。
 これまでのところ眼鏡に適っているようだけど、監督はオレを呼んだ責任があるし、オレには呼ばれた責任がある。
 先輩たちからの当たりは今日の勝ちでまたちょっとだけきつくなるかもしれないが、それが勝負だ。仕方ない。
「仙道。ラスト五分の動き、よかったぞ。魚住相手にもよく向かって行った。それに比べて福田、お前の動きはなんだ。いいか、お前はまだまだバスケは初心者だ。いきなり仙道に、ましてや魚住に勝てるわけがないんだ。ただやみくもにシュートを打つな、もっとよく敵を見てだな……」
 監督の福田への注意はその後も続いた。ずっと。三年生が卒業し、オレたちが二年になっても。
 それでも福田は部活をやめず熱心に練習を繰り返していたし、なんだかんだと怒鳴りながらも田岡監督が福田に目をかけていることは、端から見ていれば理解できた。
 あくまでも、端から見ていれば、だ。
 オレが一年の夏、IHの県予選でベスト4に入ったことで監督は今年こその気持ちが強かったんだろう、オレたちが二年生になった途端、校内での練習試合を組んだ。それはいつも部内でやる紅白戦をもう少し本格的にしたもので、スタメンチーム対その他で、今年度のスタメンを校内でお披露目だとか、やる気のある一年生は既にいくらか入部していたけれど、さらに新入生を勧誘したいなんて意味もあったんだと思う。
 二年生になったからというだけではなく、その練習試合に福田はちゃんと選ばれて、ユニフォームを取った。
 監督のバスケ部宣伝の狙いは成功したんだろう、見学者は大勢いた。
 そこで事件が起こった。
 練習とはいえ福田にとっては初めてのスタメンでの試合だった。そこで監督はいつものように福田に注意をし続けた。
 折角の晴れ舞台だったのに。新一年生たちが見ているのに。見学者の中には生徒だけじゃなく、教師もいたのに。スタメンチームは試合では、当然圧勝していたのに。
 思わず監督相手に手が出た福田の気持ちは、判らないでもない。だけどそれをいうなら、福田を叱り続けた監督の気持ちだって、判らないじゃないんだ。
 実際福田はシュートこそ決まるようになってきたが、まだまだ選手としては穴だらけだったから。
 それでもオレはそんな福田のがむしゃらなプレイが好きだった。だからもっと見てみたくって、どんどん福田にパスを集めた。シュートに関しては福田も、監督から怒られる回数が減っている。最近オレが夢中になってパスを覚えだしたのはそのせいもあるかもしれない。
 オレがシュートに行けば監督は俺だけを褒めて、福田を叱る。だけどオレがもっと福田のいいところを引き出すことができたなら。
 二人して褒められるんなら、それに越したことはないだろ。
 だからもっといい時にいい場所へオレがボールを投げられたなら、きっとみんなも福田のよさに気づく。この一年の福田の努力はオレが知っている。福田はもっとよくなる。まだ進化している。
 福田がバスケを好きなのは、見ていりゃ判る。そしてオレは、バスケが好きなヤツが好きだ。
 オレが大事にしているバスケを、たかがクラブ活動じゃねぇかなんて言わせねぇ。だから練習して、きつくても辛くても人間関係壊してでも練習して、じゃなきゃうまくなんてなれねぇし、バスケで勝つことはオレにはそれだけの価値がある。
 バスケはオレが選んだ道だから。
 その道を福田も選んでいる。それが嬉しい。お遊びの部活動で思い出作りなんて言えねぇほどの罵声を浴びつつバスケから離れられない福田の存在が、オレを奮い立たせてくれる。
 バスケに夢中になっている自分を肯定される気がする。
「監督は福田に期待してんだよ」
 オレが言い続けた言葉は福田への、無期限で部活停止という処分が砕いた。




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