幻想・少年A 仙道と福田 2 それからしばらく経った本日は、今年度初の対外練習試合だ。相手は湘北高校。魚住さんは相手校の赤木さんを倒すと息巻いている。 去年の感じじゃその赤木さんのワンマンチームだったけど、今年はなんだか監督やウチに入った新一年生の情報いわく、向こうの学校にもすごい逸材ってのがいるらしい。楽しみだ。 そうやってオレたち陵南バスケ部は表面で、無理やり気持ちを切り替えた振りをしていた。福田のことを白紙にし、まるで元からそんな部員はいなかったように。 だけど、諦められる筈がない。 他の部員もそうだとは思うけど、少なくとも、オレは。 「いつかお前を倒してみせる」 一年の初めの頃、福田に面と向かって言われた。中学の時には既に特待生の話がくる程度にバスケがうまくて、そのせいでオレは今までにもそんなことを、いろんなヤツからいくらでも言われてきた。だけどまだまだ部内で一番の下手っぴに言われたのは初めてだった。 「そっか。楽しみにしてる」 福田は既に身長も結構あったから、オレのそれは本心だった。いくらオレがうまいと言っても、バスケットは一人じゃできない。 「オレもその日が楽しみだ」 しゃあしゃあと自分の言葉に頷く福田に、オレは声を出して笑いながら練習につきあった。 「ここは仙道に任せとけ」 「行けー天才!」 いつしか部内でそんな風に扱われるようになったオレに、本気で向かってきたのは福田だけだった。 頼られるのも、天才なんて持ち上げられるのも、特別視されるのも。どれも嫌いじゃないし、もう慣れた。 だから平気なんだけど、福田だけはオレにそうは接しなかった。オレにできることはいつか自分にもできるんだと、本気で信じて努力をしていた。オレを「天才」という別種だとみなさずに、同種だと認めてくれていた。 その態度がどれだけオレを楽にしてくれていたか、福田は知らないだろうけど。 そんな男を、なかったことにするなんてできねーだろ。 オレに比べられ、批判され注意され怒鳴り散らされても「仙道には負けない」と練習に食いついてきていた男から、このままハイそうですかとバスケを奪うなんて、オレが、させない。許さない。 夏の蒸し風呂みたいな体育館でのフットワークも、冬の海岸線のランニングも、眠くても腹が減っても怒鳴られてもバカにされても動き続けたのは全部、全部バスケットの為だ。 上の決定だからなんて一言で、辛くて楽しいこんな最高の時間を取り上げられてたまるもんか。 だからオレは、オレにできることをする。 福田をなかったことになんか、してやんねぇ。 とりあえずオレは学校の近くに借りている自分の部屋から遠回りをして電車に乗って、福田の家まで迎えに行った。 チャイムを鳴らすと福田が私服姿でムスッと顔を覗かせる。 「あれ? 福田、なんでまだ着替えてねーんだよ」 昨日ちゃんと学校で、お前がこねーってゴネても誘いに行くからって言っておいたのに。 「オレは行けない」 静かに首を横に振る福田に、なんとか食い下がる。 「なんで。部活禁止ってのは応援禁止なわけじゃねーだろ。他校生だって入れるんだし。でも学校だから一応制服のがいいと思うけど……まあいっか。うん、いいんじゃね。そのままでいいや、行こ」 「駄目だ。オレが行くと今度は部、全体に迷惑がかかるかもしれねえ」 「なに言ってんだ。今年こそ全国、だろ。よその学校の動きもしっかり上から見てろよ。そんであとから、全体で見た感想教えるのがお前の今日の仕事」 自分でも残酷なことを言っているとは判っている。だけどオレは福田にバスケと繋がっていて欲しかった。このままずるずるとフェードアウトでバスケを忘れるなんてしてほしくなかった。全部オレのわがままだ。福田の傷口に塩を塗り込んでいるだろうと理解しながら知らん振りで荒療治に出ている。オレは、酷ぇヤツだ。 こんな深い傷を負った場合、時間が必要なことは本能で知っている。それでも、そんな常識くそくらえだ。今、福田に時間を与えたらきっとこいつは諦める。 バスケの全部を、オレとプレイしたことを、そっと思い出にしてしまう。それが大人になるってことなら、オレはまだ福田を大人になんてしてやんねぇ。 「……オレは、もうバスケは……」 「福田。この間もオレ、お前に聞いたろ。バスケ好きなんだろって。オレに「当然だ」ってあれ嘘なの?」 挑発を繰り返すオレに、福田は辛そうに眉をひそめる。そんな顔は本当は、オレだって見たくねぇ。 だけどオレはにっこり笑って、俯きがちな福田の顔を覗き込む。怒って、食ってかかってそうじゃねえって言ってくれ。 胸の奥で、祈りにも似た気持ちでそう思う。 「嘘じゃねぇ。でも、もう」 続きを言わせない為に、オレは無理やり口を挟んだ。 「やめたいなら福田、バスケはいつやめてもいいんだ。でもそれは誰かに言われてじゃなくて、自分で決めた時にやめるんじゃなきゃ駄目だ。オレはもういいって、もうバスケでやり残したことはねぇって、これ以上跳んだり走ったりできねぇって自分が納得した時じゃなきゃ駄目だ。もう……バスケはいらねーの?」 「そんなんじゃない」 自分でも重苦しい説教してんなって思う。だから福田が即答で否定してくれたことが嬉しかった。オレを睨み返した福田の目には力がある。よかった。 「じゃあ、一緒に学校行こ。監督は別に怒ってねぇってか、この間面談もあったんだろ? 自分のせいだって、なんとか福田をバスケ部に戻せないか時期を見てるってオレたちにも言ってた。見学くらいでガタガタ言うヤツはいないって」 「でも、駄目だ」 「なんで」 堂々巡りだ。湘北の赤木さんとの対決に魚住さんがどんだけ張り切ってるか知ってるだろとか、なんかすごいルーキーがいるらしいよ、なんて興味を引くと、ぐっと迷う素振りを見せつつも、福田は結局首を横に振り続けた。 「……やっぱり、駄目だ」 「……そっか」 これ以上無理強いはできねぇか。仕方ねえよな。ごり押しで余計バスケ嫌いになられたんじゃ元も子もない。内心で肩を落としながらもオレが無理やり表情を緩めると、福田はぼそりとなにか口の中で呟いた。 「ん? なに?」 「だから。今日はまだ試合には行けない。……けど、どんなだったか今度、教えてくれ」 福田は口数が少なくて、その分お世辞や社交辞令なんて言わない。だからそれはオレに気を使ってとかじゃなくきっと本心で、どうしよう、嬉しい。 福田がまだちゃんとバスケに関心があるってのが、嬉しい。 「判った」 自分の顔にさっきとは違う、自然な笑みが広がるのが判る。福田はやっぱ面白い。気持ちの上で追い風だ。足が、気分が軽くなる。 今日の収穫としては十分じゃねぇ? あからさまにうきうきするのも照れくさくて何気なく時計に目を落とせば、まずい、もうこんな時間だ。いつの間に。 「ヤッベ、オレ行くわ」 背を向けたオレのあとを、福田の力強い声が追いかける。 「おう。……負けんな」 その声が嬉しくて、ちらりと振り返ったオレは握りこぶしをあげて福田の声援に応えた。 勝つよ。勝って、やっぱり仙道はスゲーって周り中に言わせてそれで、そんな仙道が言うんだから福田はバスケ部に必要なんだって頭の固い指導の先生たちから処分取り消しの許可もらわなきゃなんねーんだから。 「コラァーッこの馬鹿者!」 試合開始ぎりぎりに飛び込んだ体育館で、やっぱり田岡監督に怒鳴られた。これはオレが悪い、仕方ない。 「寝坊です」 結局福田を連れてくることはできなかったんだし、そう言うしかねーだろ。 監督はそんなオレを、それでもスタメンで使ってくれる。 最近、田岡監督は校内で、すこぶる評判が悪い。福田の処分については最後まで「自分のせいだ」と「指導者として間違っていた」「福田は悪くない」と庇っていたのをバスケ部員ならみんな知っている。それでも部員の中にも結局監督のせいだろうと言うヤツもいる。実際田岡監督に怒鳴られたことのない部員なんていねーし、叱られて気分がいいヤツもいない。怒られるのが自分じゃなくても、見ているだけであんまり気分がよくないのも、判る。 だけど監督のバスケに関しての情熱は捨てたもんじゃないんだけど。 結果として加害者になった福田に同情が集まった今、監督は多分、針のむしろってヤツだろう。他の教師からもそんなことで全国が目指せるのかなどと嫌味を言われているらしいと新入生の彦一が言っていた。 だから今日は福田の為と監督の為、それからオレの為に勝つ。まあ……去年の感じじゃ結構、勝って当然ってレベルだったから今日の結果も陵南バスケ部にとってはそんなに、プラスの評価にならねーかもだけど。 福田に報告って義務もあるからな。 そんなことを考えながら着替えてコートに出れば、一際目立つ赤い頭の男が立ちふさがった。 「秘密兵器の桜木だ。センドー。おめーはオレが倒す」 相手の第一声がそれだった。 確か彦一が赤い頭のバスケットマンがどうのと言っていた気はするが、ここ最近は福田のことが気になってあんまり本気で聞いていなかった。 なんだか、福田と似てんな。 一年の頭の頃にゃ福田もそんなことを言っていた。そういや最近は言わねえな。そんなことを思い出して、ちょっと笑った。 試合が進んでも赤頭は中々コートにゃ出てこなかったけど、多分アイツ、スゲーバスケが好きなんだ。なんとなくそう感じた。越野辺りは礼儀がないと怒っていたが、そう思うとオレはなんだか赤頭の桜木って男がますます福田に見えてきた。 「やめさせるわけねーさ……」 マナーがどうとか、そんなことでバスケ好きからバスケを取り上げたりして、いいわけがねーんだ。 桜木の姿が福田に重なる。オレの目の前で暴発したプレイヤー。 駄目だ。そんな風に考えちゃ動けなくなる。 オレは無理やり目の前の対戦相手に意識を戻す。 この赤頭のバスケ好きは、どんなプレイを見せてくれんだ。そう思うと自然と相手ベンチで拘束された桜木を挑発していた。 実際まあ桜木は、出てきた途端は想像以上に無茶苦茶で、動きもバスケのそれじゃなかったんだが、それでも予想以上に楽しかった。 噂のルーキー、流川ってのもかなり骨がある。その二人を相手にするのは面白かった。その瞬間は集中して、バスケだけに夢中になれた。 こんなに楽しいバスケットは、本当に久しぶりだった。 試合終了後、一旦自分ちに寄って制服を脱ぐと、オレはその足で福田んちにまた行って、ゲーム内容のこと、桜木のことなどを話した。 「面白かったよ。もう、なんか無茶苦茶なの。だけどスゲー。去年のお前みたい」 オレが言うと福田は、なにを考えてるんだか判んない顔で、ふうんと鼻を鳴らした。 「流川ってのもまぁ、こりゃ相当やるなって感じなんだけど」 まだ一年坊らしい体力のなさは感じたが、あの流川ってのは侮れない。IH予選までにオレもまた頑張らねーと。そう思わせてくれた。それだけでもあれは大したヤツだと思う。 「で、な。福田、ここからちょっと行ったとこにリングつきのコートがあるの知ってる? 野外だけどさ、誰でもバスケできんの。お前がよきゃ、今から、ちょっと行ってみねぇ?」 オレの言葉に福田は弾かれたように顔を上げ、大きく頷いた。 調べてくれた彦一には今度ジュースでもおごってやろう。それともマンツーで特訓のがいいかな。 やかましいとこもあるけど素直で人懐こい新入生がくれた地図を見て辿りついた野外のコートには、先客がいた。 高校生……中学生かな? あんまり背はでかくない。四、五人ほどで適当に、シュートを打って遊んでいるようだ。空くのを待とうかとも思ったが、折角ここまできたんだ、どうせなら混ぜてもらおう。 「ねぇ。一緒にバスケさせてもらってもいいかなあ」 人見知りらしい福田はオレの言葉に驚いていたようだったが、突然現れた大男二人に向こうこそびっくりしただろうと思う。 それでも快くオレたちにもリングを使わせてくれて、適当にメンバーをかえながら3on3をしてみたり、リクエストに答えてダンクを決めてみせたりで、その相手とも半日で、随分仲良くなれた。 バスケの、こういうとこがいい。 日が暮れた帰り道、駅で電車を待ちながら、オレはそっと口を開く。 「福田。絶対バスケしてろよ。夏前にはお前、部に戻ってもらうから」 今日の試合でよく判った。去年赤木さんが、一人で空回りってほど張り切っていただけのチームが、今年の一年生二人であんな風になる。よそだってどうなっているか。ウチが勝つのに、デカイのが魚住さんとオレだけじゃ駄目だ。福田にも是非とも参加してもらわねーと。 オレの宣言に福田は軽く目を開き、ゆっくり頷く。 「……すまん」 「なにそれ、水くせぇ!」 ははは、と笑い飛ばしてやると、福田はちょっと赤い顔でぷるぷると震えた。悪い、からかったんじゃねーんだ。謝ってほしいわけじゃなくて、なんていうかそれこそ福田が爆発する前に、もっとオレがいい動きをすりゃよかったんだ。謝るのはオレの方かもしれない。オレのわがままで今もまだ、福田をバスケに縛りつけているのかもしれない。 だけどお前がバスケを好きだって、さっきだって遊びだったけど楽しそうにプレイしてたそのことが、オレに免罪符のように力をくれるんだ。 オレだって、バスケを好きでいてもいいんだと思わせてくれんだ。 だからオレたちはバスケをしよう。 もう駄目だって限界だって思うその日まで、なあ、一緒にバスケしよう。 近づいてきた電車の音を聞きながら、オレはそんなことを考えていた。 |
あのシーンはつまり、こういうことだったんですよ。 という、自分内の見解。 12.09.14.UP |