チラノ



 熱と快楽を奪い合うよう性急に体を繋げた情交が済むと桜木は、ぐったりとうつ伏せに横たわる仙道の首筋へ静かに唇を落とした。
 仙道は軽く身じろいだだけで、ゆるやかに呼吸を繰り返している。その様はいつも、不思議と桜木の胸を締めつけた。
 認めたくはないが仙道はモテる。それも、男女は問わない。
人当たりがよく面倒見がいい。天才と呼ばれるバスケットの実力や一目置かれる容姿を鼻にかけることなく、誰にも分け隔てなく接する。
 そんな仙道の周囲には常に誰かしら人が集まったが、仙道自身は気がつくと、するりと別の場所へ抜け出している。それを黙って受け入れられる者だけが仙道の傍にいられた。
 けれど桜木は違う。好きだと思えばいつでも一緒にいたい。勝手に姿をくらまされれば、心配もするし腹も立つ。口に出して断られると、納得はしても、つい寂しくて唇を尖らせてしまう。そんな桜木を見ると仙道は、仕方がないと溜息をつきながら微笑んで、こちらへおいでと両手を広げてくれた。
 愛されているとまで自惚れていいのかは判らないが、甘やかされているのは確かだ。
 こうして体を重ねたあとは、その顕著さが身にしみる。
 今日こそは優しくしたいと思ったはずが、最中は相手を気遣う余裕などなかった。仙道の寄せられた眉に、のけぞる首筋に、自分へと伸ばされた腕に煽られて、また酷く貪ってしまった。
 せめてと宥めるように唇で首筋をなぞる桜木に、仙道が枕を抱えて小さく震える。
「桜木ぃ。オレもう死にそう……」
 熱く湿った吐息とともにかすれた言葉が零れ落ちる。
「なんでだよ?」
「だってお前チラノっぽい」
 仰向けに寝返りを打った仙道が、眠そうに答えた。
「チラノ?」
「ん。ティラノサウルス。恐竜。昔の」
 あくび交じりの仙道の、上げられた顎から白い首に桜木の目が吸い寄せられる。そこに顔を寄せ、桜木はそっと喉を甘噛みした。
「んっ。……それ、ヤダ……」
 途端に体をすくめた仙道が、びくりと揺れる。構わず桜木は大きく開けた歯をあてながら、舌で仙道の喉仏を探った。
「ヤ、ダ。跡……つけんな……」
「つけねぇよ」
 動く喉仏が楽しいと、桜木は唇で食むようにして仙道の喉で遊ぶ。そうすると仙道は決まって体を強張らせたまま震えだす。
「お前、ココ弱いのな」
 いつも余裕ぶった仙道が、喉笛に食いつかれると身動ぎできずに息を浅く湿らせる。その様子が好きだった。
「あ、たり前。だって、こえー、もん」
 いくら桜木といえど、そこに本気で噛みついたことなどない。切れ切れになる仙道の言葉に、制止されていると理解はできても煽られているような錯覚が襲う。
「オレが恐竜かよ」
 囁きながら、零れ落ちる自分の唾液を舐める取るように喉へ舌を這わすと、仙道はかろうじてといった風情で桜木の背へ回した指先にぴくりと力を込める。
「も、無理だ、って」
 熱に浮かされたように呟くと、仙道は乾いた自分の唇を舐めた。そのせいでまた、喉仏がごくりと派手に上下する。その感触が面白い。
 固まったままの体が、怯えているのか次を期待しているのかは判らない。桜木は宥めるように仙道の脇から腹へと手を滑らせた。
「あ……ぁ、ヤ、ヤダ……」
 滅多と拒むことなどない仙道が、喉に歯を当てただけで震えだす。その時だけ桜木は、仙道のなにか、埋もれた大事なものを掘り出したような気分になれた。
「食われてーんだろ、お前」
「も、無理だ、って」
「嘘つけよ」
 大きく広げた舌で喉仏を舐め、震える仙道の体をきつく抱き締め、桜木はそっと顔を上げた。
 口が喉元から離れたことにほっとしたように大きく呼吸を繰り返し、仙道も桜木を抱き締め返す。
「怖ぇんだよ、ホント」
「そーゆーの。嫌いじゃねーんだろ」
 唇の端を歪め勝ち誇ったように笑ってみせる桜木に、仙道は軽く不満顔を作ったが、すぐにそれも笑顔になった。
「嫌いじゃねーけど、怖ぇんだって」
 だからキスはここに、と仙道が軽く口を開き舌を伸ばす。
 その淫靡さに喉を鳴らし、桜木が唇を重ねた。





13.6.18 UP

小ネタですが。

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