ただただすべてを・10 お妙さんは、まったく菩薩だ。あれ程拒み続けてくれた娘さんはいなかった。今までは「そこまで言うなら」と付き合いを了承されちまって、それでも女に本心をやることが出来ない俺は、代わりに優しい言葉でも金でも、なんなら体でも差し出してはきたが。 お妙さんは、金はかかるが俺に惚れる気遣いはねェから。真心ってもんをやれねェんだから、金位は仕方ねェ。 女の名を出せば、決まって土方は自分だけが耐える風情で強がり、傷を隠すのだ。 自分の思いに気付き、それでも隠し通そうと決めた初めの頃は、そんな土方の顔を見るのが辛かった。 今にもその細い首筋を引き寄せて「俺もだ」と「俺もお前に惚れてンだよ」と抱き締めたかった。 好きで、凄ェ好きで堪んねェのは俺も同じでお前を抱いて熱っぽい目で名前を呼ばせて声が涸れるまで泣かせてェよ。その白い首にも胸にも痣になる程口付けて、この男は俺んだって見せびらかしてェ。 そうして。 土方との付き合いも長くなると、今度はその傷付いた顔色にぞくぞくした。この男はまだ自分に惚れていると欣喜する。それを確かめたくてわざと事情のありそうな女に惚れては土方に告げた。そんな自分のせせこましい料簡にどれだけうんざりしようとも、土方を思い切る事もできないでいる。 いっそ真選組なんざ作る前に、お前を抱いちまやよかった。 師範代なんて呼ばれちゃいたが、まだ俺が何者でもねェ、田舎の芋道場で汗と埃に汚れた剣術バカのただの男で、お前がさらに何者でもねェ、喧嘩の変わりに毎日剣の稽古をするようになっただけの、ただの男だった時代。 俺達が、局長だ副長だ真選組でございと、何者かになっちまう前に。 そうすりゃ、今頃。 近藤は目を閉じ、夢想する。 いい加減にしねェと。俺もアイツもいい歳で、とっくに身を固めて子供の一人や二人いてもおかしかない。真選組を世襲制にする気はないが、世間体を考えれば結婚でもなんでもした方がいい。判っちゃいるんだが。 結婚なんて事は、自分の事ならある程度予測が付く。さすがに猩猩星の王女の時は、天人相手でしかも体格がああまで違うという事に驚き抵抗はしたが、いざ結婚となれば、自分は、女房に甘い夫で子供に甘い父親になるんだろう。局長の家族って事で特例で屯所に住むんだかそれともやっぱり男所帯じゃどっちにも気の毒だ、別宅を構えて俺が通うか、なんて事まで相手も決まっていないのに思い浮かべる。実際相手は誰でもいい。どうせそれは、あの男ではないのだ。 そうして土方の結婚になると、ちょっと想像が付かない。 あの男が、自分以外のものになるというのがまず想像できない。アイツが、俺と自分と真選組以外のものを、一番大事だの愛してるだのと言う日が来るのか。俺を二の次に、女に、下手すりゃ男に夢中になったりする事があるんだろうか。 俺をこんなにしたのはお前でもあるんだからな、と密かに、脳裏に浮かぶ土方に愚痴を零す。 お前がいつも当たり前に側にいて、俺を立ててくれるから。 そんで俺をこんなにしたのがお前なら、お前をそんな風にしちまったのは、俺か。 我慢して我慢させてどこにも行けねェで離れらんねェで、それでも我慢して我慢させて。 いつも一番傍にいてこれからも多分そうだろう。自分が本気で腹を切れと言やァ訳も聞かずに切るだろう、そんな男をこれ以上自分の物にしたいなんてそんな事は。 お前の高い気位をへし折って、友情だの仲間だのって口幅ったいが暖かな言葉に逃げる事を許さずに、抱いて俺のモンにして今以上にお前を俺で埋め尽くして俺の泥と欲望をお前に押し付けて。 ……こんな狭い心根みせてお前に嫌われたくねェよ。 誰にバカにされてもいいが、お前にだけは惚れられていたいよ。お前が大好きな近藤でいたいよ。アンタといてよかったよとアイツが笑ってくれる男でいてェんだよ。 瞼に浮かぶ土方の顔は寂し気で、熱っぽく潤んだ瞳で、もの言いたげに、少し恨めしそうにこちらを見つめている。 だから。そんな顔すんなよ。 また惚れちゃうだろ。お前を離してやれなくなるだろ。好きだとか、お前が言うまでなんて我慢できずに俺から言いたくなっちゃうだろうが。 体繋げる訳にはいかないだろ、なんてのは。 判ってる。全部建前だ。お前の為だ真選組の為だ、そんななァ言い訳だ。俺の逃げだ。 俺が、お前に惚れてんだよ。 本音を言えば、もう我慢なんてしたかねェんだ。限界なんだよ。 お前を抱いて不幸になるなら、俺がそれ以上に幸せにしてやるとか、言葉の本当の意味も判らず言いたくなるんだよ。 畜生。そんな顔、すんなよ。 俺の我侭を、許すなよ。 |