ただただすべてを・9

 一人になると近藤は腕を組み直し座椅子の背に凭れながら、なんなの一体、山崎も総悟もどうしちゃったの、と溜息を吐いた。
 春だからか? なんかこうウキウキワクワク成分が花粉と一緒に飛んでああいう事言い出してんのか?
 なんだろうな、まったく。そう思いながらぼんやりと、意識は土方に向かう。
 堪んねェな。
 例えば俺が、お妙さんでも他の誰かさんでもいい、くっつくなんて事になったら。
 きっとアイツはびっくりして驚いて煙草の一本も吸ってから、おめでとうだの言うんだろう。
 凄ェじゃねェか。よかったな。幸せになれよ。
 その時の声が聞こえてくるようだ。
 そんなのは。まったく。
 苛々が募る。言葉にならない黒い澱のような気持ちが全身を蝕んでいく。手足の先から毒が回って爛れていくようだ。
 俺の腹ァ腐ってやがる。
 ふぅと大きく息を吐くと、額の、テープを貼ったところが気になってくる。苛々が溜まる。痒い。
 それでもテープを剥がす訳にもいかず、短く立てた硬い髪に指先を入れ、近藤はガシ、と自分の頭を掻いた。そうして一人、部屋で下を向きながら何度も何度も両手で髪を掻き毟る。
 その時の土方は今までも何度も想像した。その度に苛立ちや不安、寂寥や諦めがない交ぜになり、鬱屈が暴力的な気持ちにすり替わり吹き上がる。
 堪らんな。
 ぎゅっと髪を握り締め引きながら、近藤が思う。
 そんでいいんだ。それが普通で当り前で、そんな事ァ判っているから俺はいつだって女を夢中で追いかけ回して、そのくせ付き合う気なんかねェからやれあの子に振られた次はあの子だとそんななァ全部茶番だ。ままごとだ。
 お前は俺が誰それだ女の名前を出す度に、素直に傷付いたような顔をするから。
 ポーカーフェイスだ鉄面皮だなんて言葉は本当はお前には似合わなくて、実は熱情家で思った事がすぐ顔に出るのが面白くて俺は必要以上に女に夢中な振りをした。そうすりゃお前はまず傷付いて、自分の、思いも傷も隠さなけりゃってのでいっぱいになって。
 だから、普段は賢いお前でも、俺の本心には気付かないだろ? 
 俺が、実はお前に惚れてるなんて、気付かないだろ?
 立てた片膝を背を丸めて抱きながら、ぼんやりと畳の目を見つめる。
 お前が俺に惚れてるのなんて、知ってる。見りゃ判る。
 そんで、それが総悟が俺に寄せてくれている思いなんてのとは違うのも、知ってる。
 俺とお前、どっちが先に惚れたハレタを意識したかは知らねェが、気が付きゃ俺はお前を見てたし、お前は俺を見てた。
 トシは仲間だ親友だ男同士だと、幾ら自分にお題目を唱えても恋の病に効きゃしねェ。このまんまじゃその内俺はトシに手を出しちまうと思ったから。
 だから。
 女の話をする。常に女に惚れている話をする。そうすればトシは俺を諦めるだろうと。
 そうして、トシが言ってくるのでなけりゃ、俺はお前を我慢出来るだろうと。
 トシは、俺に、思いは告げないだろう。なら俺も黙っていよう、そう思ってきた。
 お蔭さんで俺の女性への惚れっぷりも堂に入ったもんで、一般隊士は勿論、昔から身内扱いの総悟や、監察の山崎すら俺をモテない女好きと思ってくれているんだろう。それでも何か思うところがあるのか。
 俺の思いが洩れてんのか。
 そりゃ、ヤバイ。そりゃまずい。
 先程の沖田と山崎を思い出すとおかしくなって、近藤は座椅子を外し、仰向けに大きく寝そべると、手枕をして今度は見るともなしに天井の節目に目をやった。




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