ただただすべてを・8

 沖田はひょいひょいと大股で縁側に戻り、靴下を脱ぐと廊下のその辺に放り出し、ぺたんぺたんと派手に足音を立てながら、その後を付いて行く。
「近藤さん」
 開け放たれた障子の、廊下から一応一声掛けた。近藤は脱ぎ散らしていた自分の上着を拾ってハンガーに掛け直している。
「おう」
 丁度いいやおやつにしねェ? と近藤が茶箪笥の一番上の引き戸から豆煎餅を取り出した。
「いただきやす」
 部屋に入ると、沖田は開けた障子はそのままに、部屋の隅の座布団を勝手に取ってそこに胡坐をかく。
 自ら茶を入れると近藤は、専用の座椅子を持ってきて沖田の傍で坐った。
 なんで何にも言わねェんですかィ、とばかりに沖田が切り出す。
「さっきの言葉ァ本気ですぜィ」
「さっきの?」
 バリン、と派手に音を立てながら近藤が煎餅を齧って聞いた。
「俺は近藤さんのケツ毛ごと愛してまさァ」
「何なのそれ。流行ってんの今? 俺のケツ毛三本集めたら願い事が叶うとか誰かがそういうキャンペーン中?」
 自分の知らない間に俺の尻毛に一体何が!? と近藤の手が思わず尻を隠すように後ろに回る。
「言葉通りの意味でさァ。俺は近藤さんの事、愛してやす」
「そっか」
 近藤は、まったく全然さっぱりちっとも判んねェけどありがとよ、と破顔した。
「土方の野郎は違うみてェですがね」
 その言葉に近藤は、堪らずはっはっはっと声を上げる。
「そりゃ尻毛だもの」
 何言ってんの総悟、すっごい変だよそれ。尻毛は万人が愛するモンじゃないよってか万人に見せないけどね! 俺もね! と近藤が騒ぐ。
「この際だ、いっそ一思いに俺を副長にして下せェ」
 近藤は、何がこの際だか、繋がっていない談判を持ちかける沖田の目を真っ直ぐ見つめる。
「心配すんな。お前は副長じゃなくて次期局長だ」
 そういう事じゃねェんでさァ。
 判ってるんだかどうだか、食えないお人だよ。
 だからつまり、と沖田が言いたい事を纏めようとしている間に近藤に告白された。
「ケツ毛なんか愛さなくたって、俺はちゃんと総悟の事、大事に思ってるよ?」
 胡坐で腕を組み首を傾げ、近藤は沖田の表情を下から伺うようにしながら口の端をにやりと歪めている。
 ……知ってまさァ。
 なんでこの人はそんな事、正気で面と向かって本人に言えるんだ。照れとかないのか。
 どうもなんだか調子が出ないと、沖田が話題を変える。
「それ。また姐さんですかィ?」
 額を指差され、近藤は「あァ。俺とお妙さんの愛の証」と能天気な事を言った。
 なるほど確かに愛のナイ証でさァ。呟き、沖田はあっさり聞きたい事を尋ねる。
「近藤さん、昔は手当り次第に口説いちゃことごとく振られてたのに、なんであの姐さんにはそこまでご執心なんですかィ?」
「そりゃあ」
「尻毛はナシで教えて下せェ」
 その口調に、近藤の態度が改まった。が、すぐまた顎鬚を弄っては笑顔になった。
「何総悟、恋愛相談? お前好きな人とかいるの?」
「違いまさァ」
 沖田は近藤の返答に内心がっくりと肩を落とす。
 この人がこういうはぐらかし方する時ァ無駄だ。腹の内に何かあるんだろう。実際あの姐さんは強ェし真選組にゃ似合いかとは思いやすがね。まァアンタがイイなら俺もイイや。
 そんな様子をどう思ったのか、近藤は、腕を伸ばし、がしがしと沖田の髪を掻き回す様に頭を撫でた。
「その内、教えてやるよ」
「そりゃありがてェ」
 じゃあ煎餅ご馳走様、と沖田が近藤の部屋を出て障子を閉める。




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