ただただすべてを・7

「ちょっと来なせェ」
 え、うわ、なんですかちょっと。恐いんですけど目がマジなんですけどこの人!
 隊服の襟首を掴んで引き摺られたと思えば、中庭にぽいっと投げられる。山崎は多少は冷めたが湯の入った手桶をさっさと庭に放り出し、救急箱は抱えたままで派手に尻餅をついた。
「山崎ィ。テメェ近藤さんに惚れてやがんのか?」
「ハア!?」
 沖田の唐突さに盛大に驚く。何の事だ。
 てか聞いてたのか見てたのかいつからだ。それ以外で俺が近藤さんに惚れてるなんて思われる素振りしてないよな、うんしてない。
「さっきの会話はなんでィ。説明しろィ」
「誤解です。断じて俺は局長のケツ毛は愛せません」
 なんで俺がこんな目に。
「なんで俺がこんな目に、とか思ってんじゃねェよ」
 ひー。サトリの化け物! そんな内心をどう読んだのか今度はぽっと頬を赤らめ目を逸らし「寄せやィ」てそこ照れるとこじゃないから! 化け物扱いだから!
「テメェが近藤さんに惚れてるってェなら俺だって容赦しねェ、叩っ斬って呪ってやりまさァ」
 真剣を閃かせる沖田に、順番逆だろ! と心の中でツッコミながら山崎はぶんぶん首を横に振った。
「誤解ですー」
「じゃあなんでィ。どっかの腹黒策士にでも探れって頼まれたのかよ」
 アンタより黒い人そうはいませんけど!
 素早く松の影に隠れながらも、ひょいっと顔だけ出してみせる。
「誰っスか、腹黒策士?」
「うるせェ。あくまで白ァ切るつもりならこっちにも考えがあらァ。叩っ斬って呪ってやるぜィ」
 それさっき聞いたし順番逆だし!
 と、沖田が一際大きな声を出しながら山崎に飛び掛かった。
「ヤロー土方ぶっ殺してやらァ!」
 言ったよこの人あっさり名前言っちゃったよォ! でも真剣向けられてんのは俺なんですけどォ!
「うるせェ! 物騒な寝言こいてんじゃねェ!」
 声と共にスパーンと景気のいい音がして障子が開いた。シャツの袖を捲り上げ、首元を緩めた隊服姿の土方が、煙草を咥えて立っている。こめかみには神経質そうな青筋が浮いていた。
「へっ。これが寝言に聞こえるなんざァ真選組の鬼副長はよっぽど頭の幸せなお人だァ」
 しゃあしゃあと言ってのける沖田に、土方はつられまいとしながらも苛立った声を出す。
「総悟ォ」
 テメェ一体今日は何だ、と沖田を睨み付けていると、こらこらと声をかけながら近藤が角を曲がって顔を出した。
 土方の目がさっと近藤の眉の上から横に当てられた白いガーゼと山崎の救急箱を映す。
「でかい声で何騒いでんだ」
 その頭の布はなんだ、今度はどうした。土方がそう尋ねるより早く、沖田が丁度いいやとばかりに縁側の近藤を見上げながら大きな声を掛けた。
「近藤さん! 俺は近藤さんのケツ毛も愛してまさァ」
「え何今日そういう日? 周囲の人に愛を叫ばれる日なの? 何俺死期が近いのもしかしてェ!?」
 ひょっとしてコレかァ!? ここから破傷風菌とか回って俺死んじゃうのか、山崎お前大した事ないって言ってたくせにィ!
 慌てて傷を押さえた必死の形相の近藤と目が合うと、山崎は敬礼しながら断言する。
「局長落ち着いて下さいィ! 俺はケツ毛は愛せません!」
 そこへ沖田の刀が風を切って振り下ろされた。
「山崎ィ!」
 もうヤダこんなの堪んねェ。役者は揃った逃げるが勝ちだ。間一髪で沖田の剣をかわすと、山崎は脱兎のごとく走り去った。
 沖田は物足りなそうにフンと大きく鼻を鳴らし、刀を鞘にぱちりと収める。
「……土方さんはどうなんでさァ」
 縁側の土方を庭先から挑戦的に見上げた。
「あ?」
「近藤さんに、言えねェんですかィ?」
 実際土方は仕事が詰まっていた。次の将軍の園遊会の警備担当人員の細かい計算がまだ残っている。誰かに任せるという事が出来ない性分で、ここが合わなきゃ近藤の所へ相談も報告も出来ない。
 目の下に隈を色濃く浮かばせながら、土方は沖田を一瞥した。
「……くっだらねェ」
 パタンと障子が閉じると、言い返して来ねェのかなんでィ張り合いのねェ野郎だと沖田が鼻白む。
「総悟。あんまりトシをからかうなよ」
 言うと「早速見られた……」等と呟きガーゼを押さえながら近藤が背を向けた。




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