ただただすべてを・6 「ケツ毛だけっスか」 ついうんざりした声になりながら山崎が尋ねる。 「あ? 他に何がいるのよ」 まァお妙さんの場合姉弟で道場再興させるとか強い意思があるしな立派な人なんだよ第一あんな仕事をしていながら身持ちが堅いなんて最高だろうが、等と近藤が滔々と語り出すのに嫌気が差した。 「判りました。じゃあ局長は俺でもいいんスか」 「何が」 何がじゃねェだろアンタが話振ったんだろ責任持て。 「俺が、局長のケツ毛ごと愛しますって言えば、局長、俺に惚れてくれるんスか?」 いや断じて俺は惚れないけどねケツ毛男には。でもいるだろアンタの隣りにはいつも。アンタのケツ毛も鼻毛も愛してるって言いそうな人がさァ! 「えーと。山崎くんの気持ちは嬉しいんだけど僕にはもう心に決めた人がいるんで。でもホントそう言ってくれると嬉しいよ。これからも局長と監察って範囲でよければ仲良くしてくれよな」 何爽やかに振ってくれてんだ誰が「僕」だ局長と監察って冷静に地位別けてんじゃねェってか、なんだよそれ結局きっちり唯の一目惚れかよコノヤロー。 「局長」 「ん」 ツッコミは一度に二箇所までにお願いします、なんて思いながらも山崎は「あの人は、駄目ですよ」と呟いた。 「なんで」 だって。なんでってそんなだってありゃ無理でしょ。あれはその、局長には悪いってか現実見ろってか刮目せよォって、アレでしょ、お妙さんはアレでしょ。万事屋でしょ。あのダラダラ銀侍に惚れてんでしょ。 「あの人は、局長には惚れないですよ」 「……だから、いいんじゃねェか」 そう言った近藤がにやりと片頬を上げて真っ直ぐにこちらを見るのに山崎の胸がどきり鳴った。 大体局長はバカな所も大いにあるが、土方程ではないにしろモテる筈なのだ。 多少オッサン臭くて枕も臭いけども、この歳で真選組を作り上げてそこの局長やってて幕臣でお目見え以上で、金持ってるしケチじゃないし、強いしタフだし優しいし。 バカで単純で、でもこの人がいないと確かに真選組は機能しないのだ。実務は副長がいればまァなんとかなるんじゃねーのなとこがあっても、やっぱりこの人の為には何かしたくなるし、何かできるんじゃねェのって思わせてくれる人なのだ。 そういうのが悲しいかな局長の惚れる女の人には通じないみたいだけど。あの人じゃなきゃ、局長のそういうとこが好き、とかって女の人もいそうなんだけど。何といっても金があるって実際結構強いっスけど。 「マゾっスか」 「違う」 「そういやマゾの起源ってマゾッホってなんかうほって感じがやっぱゴリラか。成程ね」 「違うってばちょっと。山崎くん心の声洩れてんですけどだだ洩れですけど!」 「すいません」 頭に血が上るといけないんで風呂も様子見てからですよと軽く注意して、山崎は道具を救急箱に直し、正座した。 「局長。俺は局長のケツ毛は愛せませんが」 一旦言葉を切って、近藤の顔色を見る。 局長の幸せがなんだかなんて知りませんけどね、アノヒトもいい加減煮詰まってるでしょ。そういうのホントにまったく気付いてないんですか。それとも何かあるんスか。やっぱ女じゃなけりゃ無理っスか。まァ俺は無理っスけどね。鈍いだけならそろそろ、もうホントにそろそろなんか、気付いてやって下さいよ。大きなお世話なんですけどね。 「局長がホモでも構いません」 途端、近藤の顔から表情が消えた。真意を見透かそうとするように眇めた瞳に山崎の背がぞくりとする。 しかし不意に訪れた重苦しい沈黙はほんの一瞬で、近藤はあっさりいつもの雰囲気に戻り、ぷっと吹き出した。 「そんで、お妙さんにモテんなら考える」 何だ。何か。気のせいか? 何だ今の感じ。何か……恐かった。 「あー。そっスね」 声にようやく流れ始めた空気にほっとして適当な事を呟きながら、今の内にと山崎はそそくさ立ち上がる。 まだ動悸が早い。何だ今の感じ。 「それじゃ。失礼します」 「山崎。ありがとな」 額のガーゼを指差しにかっと笑う近藤に、ハァ、と曖昧に頷き部屋を出ると、山崎は幾らも行かない内に廊下で沖田に出くわした。 |