ただただすべてを・13

「本気かよ」
 混乱のあまり許容量がパンクし、考えるのが面倒になる。煙草が吸いたいな、と思った。と、その唇を、ああもううるさい、と再び近藤が塞ぐ。
 押し付けた唇を軽く開き舌を差し入れると、ようやく土方は驚いたように見張った目をゆっくりと瞑り、恐る恐る舌を受け入れた。
「……っ」
 開いた口蓋を容赦なく近藤の舌が蹂躙する。舌と舌を絡ませ、吸われ、溢れる唾液に喉を鳴らしながら土方は、背筋を走る感覚に身を震えさせた。
 気ィ狂いそう。何にも考えられねェ。
「なァ。このまま、越えちまうか」
 はぁ、と熱い吐息と共に近藤が、暗がりでなお、身を潜めるようにぽつりと囁く。
「?」
「アレだ。一線を越える、て奴」
 その言い方に「ダセェ」とようやく土方にも笑う余裕が沸いた。声に出さずに、それでもひとしきりおかしそうに肩を揺らすと「煙草。吸いたい」と呟く。
 じっと暗闇の中でこちらを伺う気配に「逃げねェから」と付け足すと、ようやく近藤の腕が緩んだ。
 すげェ。さすがゴリラ、力強ェ。
 起き上がり、捲っていたシャツの袖を引き下げながら、灰皿を置いた場所に片膝を立てて坐り直すと、土方は煙草を手に取り火を点けた。
 背後でごそごそと気配をさせたと思うと、起きてきた近藤がぎゅっと背中から張り付くように腕を回す。
 その体勢にまた不覚にも胸を高鳴らせながら、ぽつりと土方が呟いた。
「……判んねェよ」
「何が」
 おぶさるように背後から顔を近付ける近藤に尋ねる。
「いつからだ」
 近い近い、顔が近いってばちょっと。
「だから何が?」
 何がじゃねェよ。その耳元で囁くのやめてくれ。手ェ震えるだろが。
「……いつから、その」
「うん」
「俺の、その……」
 俺の気持ちとか、いつから気付いてたよ。そんで気付いて普段あの調子でなんで今こんな事になってんの。変だろ。おかしいだろ。
 言葉を捜しながら土方は、煙草だけが頼りと煙を深く吸う。と、うなじに近藤の唇を感じ、びくんっと体を跳ねさせた。
「アッ、アンタその頭どうした?」
「今それかよ!」
「だっ、心配してやってんだろが!」
 声でかいよ人がくるだろ、と土方の口を塞ごうとして煙草に気付き、近藤は仕方なく後頭部に頬を擦り付ける。
「これはいいんだって」
 言って、ぎゅっと抱き締め直した。新しく咥え直した煙草に火を点ける土方に、そっと囁く。
「トシも、知ってたろ。俺がお前好きなの」
 その言葉に土方は泣きたくなった。
 鼻の奥がツンとする。胸が熱い。頭が痛い。
 嫌われてねェのは知ってる。判ってる。でもそんな事は知らねェ。
 俺がアンタをどう思ってたかは知ってる、好きだった。だけどアンタがどう思ってるかなんて知らねェ。
 アンタ、いつもかわしてたじゃねェか。そういう空気も言葉も。この雰囲気はもしかしてなんて自分に都合のいい想像しては、その度あァやっぱ違うんだアンタはマトモでイカれてんのは俺だけだって、思い知らされてきたのに。
 はあぁ、と大きく煙を吐いて土方は涙を堪える。
 やべェ泣きそう。ダセェな歳かな。涙脆くなってやがる。喉が詰まる。
「判んねェ。知らねェ」
 精一杯吐き捨て、まだ長い煙草を乱暴に押し潰す。灰皿の中、逃げる火種を手早く消すと、部屋はまた元の暗がりに戻った。




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