ただただすべてを・3 隊士の見舞いなら公務だ公務と結局は外回りの公務扱いで、聞こえのいいサボる口実を見つけたとばかりに、それでも建前は仕事だからと二人して隊服を着ると、山程のバナナを見舞いに買って病院に行った。 天人が暴れた時に、崩れた建物の下敷きになった隊士の怪我は、軽くはなかったがそれでも随分と快方に向かい、もう暫くすれば退院もできるだろうという事だった。 ひとまずは安心して、組の様子や病院での近況を近藤が隊士と話している間中、土方は煙草の吸えない手持ち無沙汰に、開け放たれた窓から、動く物を見るでもなく目で追う。 チュンチュン鳴く位なら雀と判るが、それよりデカイあの茶色はなんだ。 「トシ」 口寂しいんだろ、と近藤がキシシと笑う。仕方ねェだろと鼻を鳴らす土方に、近藤は見舞いにと一度は渡したバナナを勝手に二本もぎ、一つを土方に渡した。 今ここで食えってかと見れば近藤は、さっさと自分の分を食べている。 「それじゃ。他の奴らもまた来るからよ。しっかり養生しろよ」 口にバナナを頬張ってしまうと、近藤は行きがけの駄賃にもう二、三本と房から毟って病院を出た。 ちょうど昼時だったが、今バナナを食ったばかりの近藤は勿論、土方もまだそう腹が減っていないというのに合わせ、市中見廻りの名目で、病院傍の川沿いをぐるっと回ってから商店街へ行く事にする。こんなのどかないいお日和に不逞浪士が川原で暴れるって事ァなさそうだが、陽気にイカレた変態が暴れたりしてても困るしな、そりゃそうだ山崎が頼まれた迷い猫も見つかるかも知れねェし、なんて二人してにやにや言い訳を考えながら、気持ちのいい風が吹く土手を急ぐでもなく歩いた。 日差しは暖かく、近藤は「暑い」と呟くと、さっさと上着を脱ぎ、片手で肩に掛ける。 近藤程ではないが確かに黒い上着は暑く、土方もスカーフを外しポケットに仕舞うと襟元を緩めた。 川面がきらきらと光を弾き目に眩しい。 「気持ちいいなァ」 川向こうの一角には固まって咲いた菜の花が黄色く風に揺れていた。青く抜けた空はどこまでも広く、大きな白い雲が地上の風の何倍もの早さで流れているのが見える。 「弁当持ってくりゃよかったな。店で食うよりこの辺で食いてェ」 今にもスキップでも始めるのかと思う程、近藤は足取りも軽くふわふわと踊るように歩いた。手にはしっかり先程土方に渡した分も合わせたバナナを握っている。 遠くから子供特有の高い大きな声がし、母親達らしい姿も見えるが、幸い平日の真昼間、ぽつりぽつりと人影はあるが近くですれ違うという程でもなかった。 「あそこの橋んとこまで行って、あっち、ぐるって渡れば店も結構あるんだけどな」 仕立屋もどうせ向こうだし。携帯灰皿に灰を落としながら、ずっと向こうを顎でしゃくって示す土方に「あァ」と答えながら近藤の目が川と逆の住宅街の方向へ続く石段に止まった。 「自販機位あんじゃね? お茶買お、お茶」 だってほらとりあえず俺バナナあるし。とんとんっと石段に向かって足元を弾ませながら近藤がニカッと笑う。 一体何が楽しくてそんな、にこにこ笑ってんだか、と思いつつも土方も悪い気はしない。 無愛想だ鬼だと言われる自分でも、この陽気と景色に自然と和やかな気分になるのだ。この人はきっと何もかもが嬉しかったり楽しいんだろう。なんたってそういうモン見つけさせりゃ天才だから。 天気はいいし近藤さんはいるし二人きりだし。そうだ総悟がいねェんだな。そんで俺ァ気分がいいんだ。 病院内では切っていた携帯も電源は既に入れてあるが、まだ鳴らない。 総悟の天人の子守りもそろそろ約束の時刻だが、何かあれば連絡がくるだろ、どうかこのまま定時報告以外で鳴りませんように、と祈りながら土方は努めて沖田の事を考えから外す。 沖田は出掛けに「土産買って来てやるから」「頼むから暴れないで」と近藤に言い含められていた。 「土産は土方原寸大藁人形でお願いしまさァ」 なんてふざけた事言ってやがったがあのガキ。いつかシメる。 土手から住宅街に降り、急に日陰に入った為に少し肌寒さを感じながら顔を上げると、先を歩いていた近藤が振り返った。 「コンビニ発見」 「あァ」 どうするよもうココで弁当買っちゃう? いや、折角ならコンビニ飯よりもうちょっとこう。あ俺コレ食いてー、てか食う。えそうなの、じゃ俺コレにする。あ、トシ、マヨマヨ、ハイこれ。 そんな事を言い合いながらお茶とレジ傍の団子を買った。近藤に至ってはバナナを持ったままアイスの冷凍庫まで覗いている。 |